舞い込む依頼
商店通りを抜けると、エンケの手助けは終了である。
「本当に大丈夫か? なんならおまえの付き添いってことで入っても……」
「ううん、大丈夫。それにエンケさんに面倒がかかるかも知れないし」
そうか? と、去っていく最後まで心配そうな顔を見せるエンケに感謝の意を述べながら、ルクスは一人で貴族区の入口へと向かった。
庭園へと入ると、貴族区の衛兵が近寄ってくる。
「何の用だ」
「教会へ神木をお届けに来ました」
「そうか。……確かに連絡が来ているな。よし、行っていいぞ」
ありがとうございます、と言ってから丸太を引きずりながらルクスは足をすすめる。相変わらず重い代物だった。
庭園の端、そこに建てられている豪奢な教会が今回の依頼の目的地だった。森の中にある神木を届ける。月一度の大仕事だった。
教会の前までたどり着くと、ルクスはその大きな扉を見上げた。装飾に埋め尽くされたそれを見てから、ルクスは眉をひそめる。加工屋の目をしていた。
「……華美だね」
言っても仕方ないかという感じで目を伏せると、手の中の紐を力いっぱい引っ張った。そして教会の扉を叩く。
しばらく待つと、中から司祭らしき人物が出てきた。
「……何の用ですかな」
まだ若い、と内心では驚きつつも、ルクスは説明を始める。
「依頼の品を持ってきました。神木です」
「ああ、そうだったんですか。ありがとうございます」
そう言って司祭はルクスの引いている丸太をチラッと見る。それから、教会内にいる者たちに声をかけると、再びルクスの方へと向いて言った。
「お疲れになったでしょう。少し休んでいっては? 茶も出させましょう」
「いえ、おかまいなく。すぐに失礼します」
「そうは言わずに。どうぞ、上がってください」
ルクスを客間へ促そうとする司祭。初めてのことでルクスは戸惑ったが、ここで失礼をして依頼を減らすのもなんなので、
「そうですか? では、お邪魔します」
そういって教会に入っていくのだった。
通された客間に入ったと同時、ふうっとルクスは長めの息を吐いた。教会の中央、人々が懺悔をしているところを通るのは、どうにも息が詰まっていけなかった。
「どうぞ」
給仕のような女性が差し出す紅茶を会釈しながら受け取ると、ルクスは口をつける。茶葉本来の甘みが口の中に広がった。
思わずルクスが感想を漏らすと、司祭は「それはなによりです」と微笑んでみせた。
しばらく味を堪能し、その紅茶が半分ほどなくなった頃、司祭が口を開く。
「もう気づいてらっしゃると思いますが、実はお話があるのです」
やっぱりそうだったか。
ようやく納得したルクスの表情を確認したのか、司祭は苦笑を見せてから続けた。
「あなたに依頼があるそうなのです」
誰から?
そんな事は聞かなくてもわかった。司祭から話があるということが示す事実は一つだ。
「この国の王からの依頼です」
「……内容を教えてもらえますか?」
「クリスティアナ王女の冠を作って欲しいとのことです」
「そんな大役を僕に?」
しがない平民でしかないルクスには身分不相応だといえた。しかし、司祭は想定内の質問に笑顔をみせて答えた。
「その依頼品の出来を見て、使うかどうかを決めるらしいですよ」
出来が悪ければ廃棄。これだったらいいということであった。
またとない良い話に、ルクスの答えは決まっている。
「わかりました。やらせてください」
「……期限は聞かないのですか?」
驚いた様子の司祭に、キョトンとした顔を向けながらも、ルクスは促されたように「いつですか」と聞いてみる。
「……明日まで、ということになっていますが……」
「わかりました」
「期限の延長もやむを得ないと……って、え?」
口が開きっぱなしになっている司祭を不思議そうに眺めながらも、「ではそのようにお伝え下さい」と言って礼をした後、客間を後にする。
え? え?という声を後ろに聞きながら、教会の入り口にそそくさと急ぎ足で向かう。教会という建物はなんだか苦手だ。