誰だろう?
必要な材料を買うのは、商店通りで困らなかった。それらを、持っている技術のみで炉へと組み込んでいく。日が少し傾いたかと思う頃には、それも終わっていた。
「さすがね。助かるわ」
そういって住居部分から戻ってきたサラの手には紅茶とクッキーがあった。机を部屋の中央へと持ってくると、そこに座った。ルクスも促されたので従った。
「このために、さっき泣き真似をしたの?」
「そうよ?」
長い疑問を解決するのは、簡単な一言。そんな事しなくても、とつぶやくルクスはなんだか疲れていた。そんなルクスに気づいていないまま、サラはクッキーを勧めた。ルクスはひとつ手に取って、サクリとかじる。豊かなバターの香りがした。
「相変わらず、お菓子づくりが上手だね」
「私の手作りだってよく気づいたわね? ありがとう」
そう言って微笑むサラは、純粋な子どものようであった。嬉しそうな、そんな様子を眺めていると、サラの表情が一変した。そこにはいつものような笑み。まるでいたずらでも思いついたような表情であった。
「あら? 私の顔を見つめて……どうしたのかしら」
彼女は意味有りげな流し目をルクスに送る。そんな豹変に一方では呆れつつも、ルクスはいつも心臓を高鳴らせてしまう。そんなやりとりは終わらない。
「私、ルクスだったら……いいわよ?」
なにが、と問う暇もなく、サラは身を寄せてくる。腕も絡ませてきた。さりげなくそれをいなしながら、ルクスは頬を引きつらせて曖昧に笑う。しばらくそんな攻防を繰り広げていると、やがてサラが、ふふっと笑って身を引いた。
「まあ、このへんにしておきましょうか」
ふっと離れてそう言うサラを見て、まだ次もあるんだろうな、と気を重くするルクスだった。
その後、しばらく近況報告や店の状態などを話し合った後、ルクスは席を立った。
「もう少し話しましょうよ」
気弱げな笑みでルクスがやんわりと断ると、サラは存外あっさりとルクスを解放した。相変わらずつかめない人だという感想を抱きつつ、店を後にする。
「またいらっしゃい~」
言外に含まれた意味があるように思ってしまうルクスは、はたして自意識過剰であるのだろうか。いつもの笑みはルクスの顔に張り付いたままだった。
夕方。日も地平線へと潜り込もうとしている。雲ひとつないためやけに丸く見える太陽が、今は横長の楕円になっていた。
ルクスは帰路についていた。サラにクッキーを入れてもらった缶を抱え、夕陽を眺めつつ足を投げ出すように歩いていた。缶の中身を取ろうとする手を引っ込め、早く家へと帰ろうと足を速める。夕飯の準備をしなくてはならない。
平民街を抜ける。するとそこには荒野というような何もない場所があり、それを森の方へと向かうとルクスの小屋が見えてくるはずだった。
何もない荒野は風が強く、荷物を持つルクスには厳しい。さらに足を速め、小走りになる。
しばらくすると、川が見えてくる。そこにかかる橋を渡ると、ルクスの小屋も近い。ルクスは少し速度を緩めた。
川には豊かな自然。小鳥が群れで餌を獲っていたり、虫の鳴き声が聞こえてくる。平民街の生活水ともなるその川からは、耳に心地良いせせらぎが聞こえてくる。
それらを横目に橋を渡り切ろうとした時だった。視界の端に何かが映った。
「ん……?」
よく見ると、それは人のようだった。橋を渡った先の少し離れた川岸に座り込んでいて、伝わってくる雰囲気はあまり良くない。子どもが泣いているような印象をルクスは受けた。
川は流れも緩やかで増水の危険もないだろうが、やはり夜になると危険なこともある。ルクスは純粋に心配になって泣いている子らしき方へと向かった。
たどり着いてみると、それは幼い子供ではなかった。ルクスと同じ年頃の少女である。よほど悲しいことがあったのか、泣いてこそいないものの俯いたまま。少女を見下ろすように自然堤防に立つルクスには気づいてもいなかった。
ここまで来たはいいけど。
ルクスはわずかに逡巡した後、結局声をかけることにした。そこに近づくために足を踏み出す。
堤防をこけないよう気をつけながら下りる。下りきったとき、足が砂を削る音で少女はようやく気づいた。はっとしたようにこちらに振り向いて立ち上がる。
目立つラベンダーの髪がそれに合わせてなびくように動いた。