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いつもの仕事



 夜の帳が下りて。

 ルクスは小屋の外へと出た。今夜の空には月はない。

 宝石を散りばめたようなとよく称される星空を見て、確かにね、とルクスは一人納得する。この空を見ながら寝るのはさぞ心地良いだろうなと思った。

 しばらく見入った後、思い出したように現実へと戻る。いけないいけない、と呟きながら、ルクスは小屋の裏側へと回った。そこにおいてあるのは大ぶりの斧。木こりが使う一般的なものであった。

 ひょいと斧を手に取ると、王都の反対側、森の方へと歩き出す。

 その森にはめったに人が近付かず、入ろうとするのは大物を求める猟師かルクスぐらいなものであった。

 魔の森とも言われるほどの不気味さを内包するその森は、王都と同じくらいかそれ以上の広さを有する。王都の東側を占有するそれは、東の諸村との連絡路を自然と遠いものにするほどであった。

 そんな必ず知っているが立ち入りはしないという性質があるからか、森についてのうわさ話は昔から語り継がれている。

 吸血鬼。

 それは、王家の伝説にまで名を残し、語り継がれている物語の産物。……のはずであるが、意外にも目撃情報が多発している。勘違いであると片付けられるけれども、聖騎士が倒すべき敵であるという一般常識は人々の間で染みこんでいった。


「血、吸われたらどうしよ」


 そんなことを呟きながら、どこか陰のある笑みを浮かべるルクス。森の中に入ってしばらくした頃。すでに目的の場所へと到着していた。


 森の中の湖だ。

 月がないはずの夜。

 なのにそこは不思議と小さな明かりがあるような場所だった。

 もちろん錯覚だろう。しかし、その場に漂う神聖な空気が光を集めているような、そんなイメージを抱くような不思議な場所であった。

 そんな場所の端、湖のほとりにある木々のうちの一本にルクスは祈りを捧げていた。

 神聖な時間が過ぎ、とり出されるのは物騒な斧。ルクスは大きく振りあげて、渾身の力を木に叩き込んだ。

 ガッという音と共に深い切り込みが入る。しかし断つまでには至らず、ルクスはもう一度行う。また深く切り込みが加わる。

 その後も何度か試すと、やがて木は大きな音を立てて倒れた。

 その木をまた細かく割って、手に持てるだけ持って道を引き返す。薪にするためのものだった。

 帰路につこうとするルクスがしかし、足をとめる。しばらく逡巡したような顔を浮かべた後、薪をその場に置いて湖のほとりへ座った。

 湖に目を落とすと、そこには星空が広がっていた。頭の上にある星空と同じように美しい。

 今日は風も少なく、水面も穏やかだ。それを見ているとルクスも落ち着いた気持ちになってくる。

 こういう一日の終わりも悪くない。

 お気に入りの場所である湖をみて、ふっと軽く笑ってから立ち上がる。今日は依頼で疲れているので早く寝ようと帰路につこうとして、


「あ、薪」


 思い出して慌てた様子で忘れ物を抱える。

 他にやり残したことはないかと確認してから、ルクスは小屋へと戻った。



   ◇◇◇



 翌日。依頼はなし。久々に訪れた、ゆっくり出来る休暇である。

 ルクスは目をこすりながら起き上がると、ゆっくりと伸びをしてから立ち上がった。

 薪が湿気にさらされることを心配するほどの天候ではなかったが、念のため小屋に併設されている納屋の空気を入れ替える。軽い掃除をした後、ルクスは外へ出た。

 昨日ほど強くはない陽光がルクスを照らす。いい日になりそうだと何の根拠もなくルクスは思った。

 視線を前に戻し、特に当てもなく歩き出す。休暇の時の習慣であった。

 王都の中央に向かって歩いていくと、平民街が目に入る。平民街と言っても貴族に比べて生活水準が低いということなので、飢餓に苦しんでいるわけではなかった。

 そこにあるのは、笑顔だ。

 活気。平民街の様子を見てルクスが考える単語はそれだ。欲に塗れることもない。他者を蹴落そうという考えもない。ただ、周りの「仲間」と協力して日々を良い生活にしようという明るさ。それがこの平民街を満たしていた。

 それは貴族なんかよりも豊かな生活だった。こういうことを思うのはルクスがこの平民街側であるからかもしれなかったが。

 平民街にたどり着く。瞬間、ルクスもその活気に包まれた。

 明るい空気に包まれたルクスは、頬が緩む。この空気はルクスが求め、最も望むものであった。

 そんな笑いを噛み含めながら、ルクスがさらに中央の方へと向かおうとすると、


「お、ルクス! いいところに!」


 平民街の活気を全て合わせるより大きな声。それがルクスを呼んでいた。その方へ顔を向けると、そこには短く髪を刈り込んだガタイのいい青年がいた。

 比較的細身の身体をしているルクスと比べるとその逞しさが際立つような青年を見て、ルクスは明るい顔を向けた。


「どうしたの?」

「おう。実は、うちの棚が壊れちまってな」

「ああ、なるほど。わかった」

「お、今からしてくれるか? 悪いな」


 そういって顔全体で笑みを見せる青年。エンケというこの青年は、この明るい性格で、王都に来たばかりのルクスに何かと手助けをしてくれた人物だった。

 感謝を口にしながら歩いていくエンケの後ろについて歩いて、ルクスは急遽現れた依頼をこなしに行くのであった。








「じゃ、頼む」

「わかったよ」


 エンケの家へと入ったところ。そこに堂々と置かれている物が一つ。常は装飾品などの商品を乗せているはずのところには何もなく、そして棚自体が……


「……これは盛大に」


 ルクスが呆れた声音を出してしまうほどに棚は壊れてしまっていた。しかし全体が損傷しているのではなく、支える足の部分が気持ちいいぐらいに折れてしまっていた。


「だいぶ年食ってたからな……直せるか?」


 棚に近づき、実際に手で触れながら、しばらく悩むルクス。様々な案を頭の中で思い浮かべた後、口を開いた。


「木材はある?」

「そうだな……ちゃんとした奴でなくていいなら、店の奥にあったと思うぞ。使いものにならないかも知れねえが」

「そうなんだ……」


 見てくる、と一言言い置いた後、ルクスは店の奥へと姿を消す。始めは壊れてしまった棚や賑やかな外の通りを見ていたが、やがてエンケが暇を持て余しだした。それから少しして、様々な形の木材を手に持ってルクスが再び現れた。

 意外と使えそうな物が、と木材を示して見せるルクス。それにエンケは安堵したような表情を見せる。


「この木材を加工したいんだけど……今日の営業は?」

「ん? ああ、棚があれだからな。出来ないことはないが、今日は休むよ。店先を使ってくれ」

「わかった」


 ルクスは木材を持って外に出る。そして木材を一旦置くと再び店内へ。工具箱をどこからか取ってくると、


「じゃあ、やってくるよ」


 外へと出た。

 それからエンケに手伝ってもらって、棚を店の前へと出す。

その後は家具店から聞こえる木を切る音。それから釘を打ち込む音。

 ルクスが数々の工具を自分の体のごとく容易く効率的に使いこなす。通りを通る人々の感心したような視線にルクスは恥ずかしさを覚えながらも、手を休めることもない。横倒しにした棚に向かって懸命に仕事をこなしていく。





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