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思いの残滓、紡がれるのは……


「言い残すことは、ありません」

「……そうか」


 国王は「すまぬ」と謝った。ルクスは、その言葉の意味を理解できなかった。

 しかしそこで思いついたままに、ルクスは口を開いた。


「国王様」

「どうした、なにか言い残したいことでも……そなた」


 その目、と言われて、ルクスは一人苦笑する。今、自分の目は人外の証として赤く輝いていることだろう。

 それを気にしないように、ルクスは目の前の賢王の眼を真っ直ぐ見た。


「失礼なことを聞きますが……その首飾り、それは何ですか?」

「……これは亡き妻の形見だが?」


 そんな重い品だとは思わず、口を閉ざしてしまう。しかしルクスは確固たる決意を持って、続けた。


「それは本当に奥さんのものですか?」

「なに?」

「誰か別の人物から渡されたんじゃないですか?」


 国王の目が見開かれる。心当たりがあったのか、それとも無礼なルクスの態度に腹を立てたのか。どちらにせよ、ルクスが言えることは少ない。


「その首飾りをつけてから、じゃないですか?」


 体調が悪くなったのは。

 そう込めた言葉はしっかりと伝わったらしい。国王は顔色を若干白くさせながら、ガルシアに告げた。


「……わしはもう疲れた。部屋に戻りたい」

「御意」








「国王様、お大事に」


 国王が感情を押し殺すようにひどく事務的に今後の流れを説明してこの場を去った後、ルクスはそう呟いて、先程言われた内容について思い返していた。


「明日の正午に王城前で公開刑……そこで聖剣を刺される」


 刺すのはガルシアさんのようだ。


「痛くしないように……は無理だよね」


 それでは何のための刑なのかわからない。ルクスは自分の考えに笑った。そう、自分は生きてしまっていることが罪なのだ。

 それでも。

 罪だとわかっていても。


「……生きたかったなぁ」


 脳裏に思い浮かべるのは、一人の少女。

 その豊かに広がるラベンダー色の髪。華奢な体つき。それに似合わない強気な性格。そして、淑やかな花のように美しい笑顔。

 再び笑う。まさか自分が女性を花に例えるような日が来るとは。

 どうして自分はここまで彼女を気にしてしまうのだろう。彼女との出会いが印象深かったから? それだけではない気もする。

 ルクスは先を見た。明日には消えてしまう命を思った。


 苦しかった。


 辛かった。


 悲しかった。


 そして……寂しかった。


 自分の一生はここで消えるということに、途方も無い寂しさを感じた。


「僕は……」




 どうしようもない寂しがり、だったんだな。





  ◇◆◇◆





 自分は一体何をしようとしているのだろうか。

 秩序を守る? 悪を討ち滅ぼす?

 あの少年は何が悪かったのか。

 確かに王女様の血を吸ったことは十分死刑に値する行為だ。しかし、王女様自身がその罪を咎めようとなさっていないし、望まれてもいない。

 彼は果たして絶対的な悪なのか。

 吸血鬼は神の敵なのか。

 腰に下がっている一振りの剣に触れ、答えを求めようとするも、反応はない。それもそうだ。聖剣などと言われようと、それは意思を持つものではない。

 それどころか、ただ王家に伝わっただけのナマクラに過ぎないのではないか。そうとすら、自分は思っていた。


「惑うな。俺は剣。王国の剣」


 常に自分の役目を言い聞かせてきたその言葉にも、なぜだか従うことができない。

 しかし、抗うこともない。


「……すまない」


 それは、誰への謝罪か。

 そのことを意識しないまま、聖騎士は今日も素振りを続ける。




  ◇◆◇◆




 ある少女は月を見ている。

 その目は悲しく、まるで月を呪おうとしているかのように厳しかった。

 彼女は窓から下を見下ろすも、そこは仮にも王女の自室。そんな低い場所にはない。ちゃんとしたロープがあっても、降りることは容易くはなかった。ましてやそのロープすらもない。

 彼女は閉じ込められていた。あの湖の聖域から強引に連れ戻されてから、彼女は部屋から出してもらえていない。日に三度、自分付きの侍女が食事を持ってくるだけだった。

 それが先ほど九回目を終えた。つまりあの日から三日が経っている。


 彼と離れてから。

 三日。


 意識した途端、彼女の顔は、怒ったように、戸惑うように、そして悲しそうに歪んだ。


 ――なんて自分は弱くなってしまったのだろう。


 そう自らを叱咤する王女が、ここにはいた。


 ――なんで彼が罰せられなくてはいけないの?


 そう悲しみを表に出す少女が、ここにはいた。

 なんで。

 昔から大臣に利用されかけていた自分には、諦めていた。

 なんで。

 自分が王女としてしか見られていないと思うと、虚しくなっていた。

 なんで。

 大臣だけでなく、周りの大人達も全員が下心を持っていると、気づいた。

 なんで。

 だから人間なんて汚くて、傲慢で、生物としての価値などない。そう、思っていた。

 なんで。

 でも。

 なんで。

 そう。

 なんで。

 なんで――


 ――アイツはあんなに眩しかったのだろう。


 彼は、ひどいことを言ってもずっと笑顔で。

 彼は、人間が好きだと明るく口にして。

 彼は、いい人間で。それに囲まれていて。

 ……自分とは全然違くて。


「月が、綺麗……」


 口に出したが、そんなことは全く思っていない。半分に欠けてしまった月はなにか物足りない気すらする。

 ああ、と彼女は思い出す。

 あの夜、彼と行った湖の方が百倍綺麗で。

 彼女は感動していたのだ。

 月がなくても、湖は美しくいられるんだって。

 周りにただ汚されるような、ただの人形にならずに済むんだって。

 そう、感動していたのだ。

 もちろん自分があの湖と同等とは思わない。でも努力はできるはずで。


「諦め、たくない……」


 でもそれには足りないものがあることを、わかっていた。


「ルクス……アンタが……貴方がアタシを……」


 少女のその声は、虫も鳴かない夜の中、半分に欠けた月の下で静かに響いた。




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