初めての激情
ルクスの胸から、剣が突き出ていた。ゴボッと、口から赤いものが零れ落ちる。
「ルクス……っ!」
ティアが叫ぶ。それを見てルクスが怒りを感じ、振り向こうとした。しかし、それを拒むように十本近い槍が彼の全身をくまなく串刺しにする。ルクスはたまらずその場に倒れようとし、だが貫かれた状態で倒れることは許されなかった。
ルクスは急激に薄くなる意識を何とか紡ぎながら、目だけを背後に向けようとする。そこで、その正体が見える。
「ガル、シア……さん……」
「それだけ貫かれながら、生きているとはな。半死半生というのは本当のようだ。それに……赤い瞳か」
温度を持たないその視線に射ぬかれ、口をつぐむルクス。それを少しの間睨むように見ながら、ガルシアは彼の部下である騎士たちにルクスを捕らえておくようにと告げる。そして、彼はティアの方へと近づいた。
彼が目の前に来て、ビクッと身体を竦ませるティア。しかし直後、その瞳に激情を宿すと、彼女はガルシアの胸板を思い切り叩きつける。
「なんでこんなことするのっ!?」
ビクともしないガルシアに余計に怒りをぶつけながら、彼女は今までの丁寧な態度を向けることなく何度もその手を叩く。が、その細い手もガルシアによって掴まれる。
「痛い! 離して!」
「そういうわけには参りません。王女様には戻っていただかないと……大臣、協力感謝します」
そう言って、彼がティアの手を掴んだまま後ろを振り向くと、そこには下卑た笑みを浮かべる中年の外交大臣がいた。それを信じられないという目をするティア。
「なんでアンタがここにいるのよ!」
「これはこれは王女様。私共はこっそりと王城を出ていく貴女が心配だったのです」
「……私の後を尾行したのね……信じられないッ!」
「人聞きの悪いことを仰らないでください。私共はただ――」
脂ぎった顔でつまらないことを言い続ける大臣を、ティアは憎しみを込めて見続ける。幼い頃から汚い手を使って利益を取ろうとするこのような者たちのせいで、ティアは人間不信となったのだ。
そんなことを、途切れ行く意識の中でルクスは理解した。沸き立つ怒りとは裏腹に身体は動かない。流れる血が多すぎるのだ。裂傷は既に修復され、新しい血液も生み出されているが、突き立った槍を伝って止めどなく血が流れ続ける。
「……や、やめて……アイツ……ルクスは何も悪くないからっ! だから……やめてよぉ!」
瞼が落ちていく視界の中でティアがこちらに向いて叫んでいるのがわかる。それを最後に、
「ルクスっ! ねえ!? ルクス!」
ルクスの意識は、暗闇の底へと落ちていった。




