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加工屋の少年

 カンッ……カンッ……


 王都ミルドアーク。

 大国の一つとして名前を挙げられるサクレド国の中心。そのさらに中央にそびえ立つ王城に住まう王族は神の血を引くと言われ、他国に潰されかけたサクレドを建て直すという現王の働きも相まって、その権力、国力は絶対的である。

 その配下には、すべての魔を祓い清めると伝えられし聖剣を持つ者も存在する。その者は聖騎士と呼ばれ、英雄として多くの住民から信頼を集めている。

 そんな大きな二つの力に支えられ、この太古に生まれしこの王都は存在してきた。

 彼らにとって信じるべき対象は神であり、その神が残したという聖剣。それらを心の拠り所としながら、大きな争いもない、平和な日常を生きている。

 カンッ……カンッ……

 そんな王都の、入るか入らないかというほど外れたところにある小さな小屋。その中から、金属を鍛えあげる清らかな音が響いていた。


「……ふぅ」


 熱して鍛えた金属を慎重に水に浸してから、一息つく人影が一つ。それは、漆黒の髪を持つ一人の少年であった。

 その少年が頃合いを見計らって、水に浸した金属を取り出す。水気をとった後、そのまま作業台の上へと持ってくる。少年もイスに座って、金属ヤスリを手にとった。


「……」


 輝かせる。本来の力を引き出させる。

 それだけを思いながら、少年はヤスリを動かし始めた。するとくすんだ色をしていた金属が瞬く間に明るい色へと変わっていく。少年が紙やすりを使うと金属のキメが極限まで細かくなり、最後は厚手の布を手にとって金属を優しく撫でていく。

 たっぷり時間をかけて作業を終えると、少年は手の中にある金属をそっと作業台の上に置いた。そこにあったのは、始めとは比べものにならないほどの輝きを放つ銀の装飾。薬品などを一切使わず、長持ちする装飾品としてかなり人気の商品だった。


「……よし」


 完成した依頼の品に包装をしてもらうために、その作品を布にくるんで小屋を出る。昼さがりなのに自己主張の激しい太陽が、少年の目を細くさせた。

 少年が小屋を出てしばらく歩くと、賑やかな喧騒が耳に入ってくる。目的地にたどり着いたのだ。

 アンドレイア通り。王都で一、二を争うほどの規模の商店通りであり、この王都に住む者にはなくてはならない場所である。貴族御用達の店も多く存在するため、活気があるかという点においては王都一を誇る。そのためか、「商店通り」といえば通常はこの場所を指すのだった。


「あら」


 そんな声が、通りがかった店の中から聞こえてくる。少年がそちらを向くと、そこには淡い金髪の女性が立っていた。


「ルクスじゃない。今日も依頼なの?」


 ふふっとどこか妖艶な笑みをたたえながら、女性が近づいて口を開いた。少年――ルクスはどこか気弱な笑みを浮かべてあいさつを交わす。


「サラさんは何をしてるの?」

「いつも通りよ。父の鍛冶屋への資源の仕入れ」


 サラという女性はそういって再び艶やかに笑う。

 そのまま軽い雑談で一通り社交辞令をこなすと、ルクスは別れの言葉を口にする。


「じゃ、仕事の途中だから。銀が変質しても困るし」


 そう言って足を目的地に向けると、サラはそう、といって別れの言葉を口にした。


「今度はうちに来てくれて構わないわよ? サービスしてあげるから。商品はわ、た、しっ」

「はは……」


 いつも通りのサラに困ったような笑いを浮かべた後、その場を去る。目的地はもう少し先だった。


「あら、つれないわねぇ~」


 ははは……。

 苦笑を隠しきれないルクス。けれども振り返ることはせずに、そのまま馴染みの土産店へと向かった。またしばらく歩くと、目的地へと到着。

 こじんまりとしているが、清潔が行き届いた感じのいい店構え。そんな商店通りの店の一つに、ルクスは足を踏み入れた。すかさず中からいらっしゃいませ、と声がかかる。


「すいません。加工屋のルクスです。いつものように包装お願いします」


 すでに知り合いとなっている店番にそう言うと、ルクスは手に持っていた装飾品を渡した。店番はルクスに少しの待ち時間を要求すると、奥の方へと引っ込んでいく。手持ち無沙汰となったルクスは店先に並ぶみやげ品をこれといったこともなく眺めていく。十分ぐらいたっただろうか、店番が戻ってくる。その手には可愛らしい箱があった。


「…………お代は」

「ああ、はい。いつものように家の方に請求してください。依頼の報酬から払いますから」


 では、と会釈してルクスは店を出る。あとは依頼主に品を届ければ完了である。


「もう一息、だね」


 自分を鼓舞して歩き出す。王都へやってきてからもうすぐ三年ほど経つが、まだまだ仕事は難しいと感じてしまうのだった。

 加工屋は、身につける類のアクセサリーからシャンデリアまで幅広い装飾品の生産をする職業であり、同時にとてつもない技術が必要である。しかし、その分貴族からの需要が高いため、依頼をこなしさえすれば日常生活に充分な資金も稼ぐことが可能である。

 下町で生活しているルクスであるが、この加工屋という仕事のおかげで貴族区に踏み入れることを許可されている。下町の人間が貴族区に入るなど、この王都ではかなり特殊なことであった。


「はぁ……疲れた……」


 王都を囲むように存在する貴族区の一画から出てきたのはルクス。依頼の品をお得意様である貴族に渡し終えると、まっすぐ帰路についていた。

 苦手だなあ。

 貴族相手には敬語で話さなければならないということに二倍も三倍も疲れてしまう。しかし避けられないことだとわかっているので、諦める。昔から諦めが早いと言われるのは伊達ではなかった。

 と、そこまで考えたところでルクスは立ち止まった。まだ貴族区からさほど離れていない。そんな位置で何故立ち止まったかといえば、

 それは歌のせいだった。

 歌と言ってもルクスのところまで届くそれは歌詞までは聞き取れない。ただ、なんとなく物悲しい、それでいて聴く者の耳を引き止めておくようなメロディが流れるだけである。

 声はおそらく、方向からして王城から。澄み切った声だということはわかった。


「綺麗だな……」


 この場合は悲しみだが、純粋な感情は美しさを伴う。それを悟らせてしまう歌声に思わずつぶやいてしまうルクス。この歌を聞くのは初めてではなかった。

 貴族区での依頼をこなした帰り道。ときたま聞くことの出来るこの歌に、すっかり虜になってしまっていた。

 相変わらず悲しい。でも……。

 心の中の黒い感情のようなものが抜けていくようであった。そのため、この歌を聴いた後、すっきりした気持ちになるのだ。

 しばらく目を閉じて聞くのに専念していると、やがて歌は小さくなって、空に溶けていくように消えた。歌が終わった後も、しばらく動かないでいるルクス。余韻にしっかりと浸った後に、再び歩き出した。

 商店通りを先とは逆に向かって抜けていく。顔見知りである者たちは、ルクスに声をかけたり、手を振ったりと挨拶をしてきた。ルクスもそれを返しながら、通りを歩いていく。


「あ、夕飯の材料」


 思い出すと同時、通りすぎたばかりの店に向きを変えた。野菜を扱っている店であった。いらっしゃい、という声に丁寧に返事しながら、野菜をいくつか手に取っていく。報酬が入ったばっかりなので、手にとった野菜もいつもより多かった。

 この三年で鍛え上げた観察眼で野菜を選びぬき、銀貨と交換する。まいどー、という声に送り出された。

 その後もいくつかの店へ周り、買い物を済ます。あとは小屋へと帰るだけだった。

 商店通りを抜けると突然人通りが少なくなる。とはいうものの、この場合が常であり、商店通りの活気が異常なだけであった。

 時もすでに夕方。王都のはずれにあるルクスの小屋へ辿りつく頃には、もう日も暮れる頃だろう。夕飯を食べれば、次の仕事に取り掛かる時間である。


「銀はあった……よね? それから火を焚く木は……」


 考え事にふけりながら、帰路を踏みしめる。あかね色の夕日が優しくその背中を後押ししていた。






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