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あてのない道



 その後、ティアの王城暮らしでの愚痴をしばらく聞かされた。遠まわしに街に行きたいといっているように思えたので、ルクスが提案をすると、ぱぁっと明るい顔になった直後に暗い顔になった。どうやらそこまでしょっちゅう出られるわけではないらしい。

 ものすごく悔しそうな顔をする彼女に対し、ルクスはそれなら、と口を開く。


「僕がここに来るからさ。サラさんのお菓子をお土産に」


 その言葉に再び顔を明るくするティア。最近彼女の明るい顔が見られるようになって、ルクスはしばしば見とれることがあった。


「どれぐらいの頻度で会いに来れば寂しくないかな? ティアが言った回数の倍、ここに来るよ」


 釘付けになっていた目を頑張って外してそんなことを言うルクス。そして、何故かティアは顔を俯けた。


「……――ち」

「え、なんて?」


 聞き逃した答えを聞こうと、耳を近づける。すると、さえずりのように小さな声がした。


「……毎日来ても、別にいいわ」


 ルクスはしばらく絶句した。そして無意識に後頭部に手をやって苦笑する。そのまま反応を返そうとする。しかし、


「毎日じゃ……倍にできないね」


 出てきた言葉はかなり的はずれなものだった。





 それからしばらく雑談をして。「じゃ、また明日」と互いに別れの挨拶をしてから、ルクスが席を立つ。ティアも続いて席を立ってルクスを見送ろうとした。互いのなんとなく寂しがっている雰囲気に互いで気づき合いながら、ルクスは苦笑。ティアの方もふん、と満更でもなさそうにそっぽを向く。

 ティアはそのまま扉のそばまで送っていこうと歩き出す。それを見て嬉しく思いながら、ルクスは彼女を制する。


「いいって。この前の薪割りで筋肉痛でしょ? しっかり休ん――」


 笑顔で去ろうとしていた、そのときだった。



 突然、ドクン、とルクスの心臓が大きく脈を打った。



「――が……ぁ……っ!」


 ルクスが心臓を押さえてしゃがみ込み、苦しそうに呻く。ティアは二度目であるその事態を重く受け止めた。


「アンタ、大丈夫なのっ?」

「……大丈夫……だから、あまり――ぐっ!?」


 ルクスが床に手をつく。ティアは心配のあまり、その傍らを支えるようにしてルクスに密着した。……それがルクスを苦しめることになるとも知らずに。

 ルクスは明滅する視界のなか、自分の感覚が鋭くなっていることに気づいた。

 視界が次第に赤く染まり、犬歯が疼く。


「……お願い……“俺”から離れて……!」


 ルクスが全身内側から針で刺されるような痛みを味わいながら何とか声を絞り出した。しかし、ティアは質問の意味を理解しなかったのか、あろうことか横顔を寄せてきた。

 結果近づいてくる、首筋。それはティアの香りがして……、


 ……そしてそれは、我慢出来ないほどの、甘美な香りだった。


「しっかりしなさいよっ」


 そう言ってこちらを覗き込んでくるティアに、ルクスはふっと淡い笑みを見せる。それにほっとしたティアはルクスの顔が近づいてきたことに気づかなかった。

 その口に明らかに人間のものではない牙が覗いていることにも。


「アンタ、元気が出たならさっさと――」


 起きてよ、と言おうとしたティアはそのまま硬直した。ルクスが首筋に顔をうずめたからだ。そして、




 ルクスの犬歯が、そっと、ティアの柔肌に埋まった。




「…………え……」


 ティアがくすぐったいような奇妙な感触を感じると共に、自分の中から大事なものが抜き取られるのを感じた。

 ――これって……。

 身体がむずむずするようなじれったい感触。少しして、それも終わる。

 ルクスが顔を上げる。その口元は赤く染まっていた。鮮血の、赤で。彼女の……血で。


「ア、ンタ……」


 ティアが呆然とした表情でルクスを見る。信じられない、という顔をした後、


「きゃあぁっ!」


 ルクスを突き飛ばした。

 その声を聞いたのか、聖騎士が部下と共に入ってくる。


「王女様! どうかなされ――っ!」


 その言葉も途中で止まる。ぺたんと座り込んだティアと、その近くで中腰で立ち上がろうとしている少年を見たからだ。その、血に濡れた口元を。


「……貴様ぁッ!!」


 聖騎士が、そう言ってルクスへとかかっていく。それを見て、


「……」


 一瞬だけ泣きそうな顔をすると、ルクスは扉と反対側の窓の方へと走った。聖騎士はティアをまず保護し、部下の騎士たちにルクスを追わせる。

 ルクスが窓辺までたどり着く。一階や二階ではない。もう逃げ場所はない。そう高を括った騎士たちは直後驚愕することになる。


 ルクスは窓べりに足をかけると、そこから飛び降りた。


「「なっ!?」」


 慌てて身を乗り出して下を見る。そこにはトンッと重力を無視したように軽やかに地面に降り立つ少年がいた。少年はこちらを悲しい顔で見ると、そのまま走り去っていく。


「何をしているっ? 早く追え!」


 ハッと綺麗に返事を揃え騎士たちが扉の方から出て外へ向かう。それを見届けた後、腕の中にいる王女を見た。

 王女はただ呆然として、窓の方を見ていた。




  ◇◆◇




 ……いつも、そうだった。


 昔から、昔からだ。人間として、うまく生きられるんじゃないかと思った時に、失敗してしまうのだ。


 名も無き村に迎え入れられた時も。


 森で生きる猟師と暮らした時も。


 そして、じいさんに引き取られても……。


 自分はただ人間でいたいのに。ただ笑って暮らしたいだけなのに。それなのに。


 吸血鬼としての性が、それを許さない。


 親しくなった者の生き血を啜れと体が疼く。歩いている人間が鮮血を入れた革袋にしか見えなくなってくる。

 そんなことをしたいわけじゃないのに。……違うのにっっ!


 何故、人間は吸血鬼を受け入れられないのか。

 何故、吸血鬼は恐れられているのか。


 そんなことを思いながらも、僕は人間を恨むことができないのだ。あの、暖かい人達のことを知ってしまえば、一人なんて、耐えることができない。


 そんな人間が、好きだから。


 だから僕は……



 ……僕はどこに行けばいいんだろう?





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