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おめかしとお礼



 しばらくして、サラが戻ってきた。その顔はホクホク顔で、なぜだか少し陶酔しているようなものだった。ルクスはそれを見て、ティアに少し同情した。


「ティアちゃん……恐ろしい子……」


 そこまでか、とルクスはお披露目が楽しみになった。

 サラが扉の向こうに隠れているのであろうティアに声をかける。ルクスからは見えない位置にいるようだが、彼女が恥ずかしがっている様子は伝わってきた。ラベンダーの毛先がひょこひょこ見え隠れしている。

 出てくるよう促すサラの言葉を必死に拒否し続けているやり取りがしばらく続いた後に、ああもう、とサラが何かをつかんで強めに引っ張る。次の瞬間ティアが出てきたところを見ると、どうやら腕を引っ張ったようだった。


 そして、ティアの姿にルクスの思考が一瞬止まった。


「……なによ」


 不機嫌そうに見えて、少し紅潮した頬をしたティア。彼女は下町風のお洒落をしていた。

 質素な黄色のワンピースに少しポイントの飾りが付いている。袖だけ儚げなフリルになっていて、それが彼女の儚さを際立たせていた。

 王城でドレス姿を見たが、この下町のお洒落は豪華なものにはない美しさがあった。


「これ……サラさんが作った服?」


 そうよ、と頷くサラの言葉を聞いて、ルクスは何度も頷いた。そして、感動をそのまま言葉にしたように静かに言葉を紡いだ。


「いい仕事を。とても……綺麗だ」


 瞬間、ティアの顔がボッと赤くなる。その様子をおかしそうに見て、サラは口を開いた。


「あーあ。ルクスを取られちゃったかしら」

「な、なな……っ!」


 なんだか壊れた玩具のような反応を示すティア。それを見てサラはそうだわ、と提案した。


「少しアクセサリーも見てみましょうか」

「あ、それもいいね」


 乗り気のルクス。一方でティアは不安そうな顔をした。それにルクスはやさしく声をかける。


「いいからいいから」


 大丈夫だよと言って、ルクスはティアの手を引く。うらやましいわ……とサラが言ったのを聞こえなかったふりをしてから、ルクスはサラの家を出た。

 そのまま三人は商店通りを少し歩いた。



 エンケの店に置かれた小規模なアクセサリーコーナーを覗き、何度も試しにティアにつけてみてははしゃぐサラ。すっかり着せ替え人形のように立たされているティアはうんざりとした顔を浮かべつつも、可愛らしいアクセサリーに目を惹かれていた。その間、通りすがる人々と友好的に挨拶を交わしながらも、時間が経つ。


「ごめんなさい。父に遣いを頼まれてるの」


 サラに対してどもるエンケに礼を言って店を出ると、サラは手をあわせて申し訳なさそうに言った。

 それに対して了解の意を示して、ルクスが手を振って見送る。


「ほら、ティアも」

「……」


 そして、去っていくサラをルクスとティアは手を振って見送った。











「……それで」

「ん?」

「これからどうするわけ?」


 ティアが尋ねてくる。帰るとは言わないことに、ルクスは目元を緩めた。それから、もう大分低くなって沈みかけている太陽を見て、


「もう、帰ろうか」


 少し寂しそうにつぶやいた。

 その姿を見て、ティアが少し不機嫌な顔でルクスを見つめる。うん? とルクスが視線を合わせると、ティアはその視線を逸らした。

 そして不満そうに唇を尖らせる。


「……少しアタシに付き合って」


 そう言ってルクスの肘あたりをつかんで歩き始めた。


「え!?」


 驚くルクスに気づいていないようにティアは早足で歩き始めた。

 向かう方向は王城とは逆、ルクスの小屋の方向だった。女の子に手を引かれるルクスに対し、通りの人から冷やかしの声が飛ぶが、彼女はそれも気にした様子はない。しかし、早く歩きすぎたのか、ルクスから見える彼女の耳と、ラベンダーの髪が揺れた時見える首筋は赤く染まっていた。










 やがて着いたところは、川だった。

 ティアと出会い、その後何度も出会った場所である。


「ここ?」


 ルクスが問いかけると、ティアはルクスから手を離し、無言で川辺を示した。どうやら座れということらしい。

 ルクスが要求通り座ると同時、横からずいっと突き出されたものがあった。


「これは?」

「……ネックレスのお礼」


 不機嫌そうに、でも恥ずかしそうに差し出すその手には紙袋。その中には、良い香りを放つ焼き菓子があった。


「……これ、ティアが作ったの?」

「……悪い?」


 いやいやいやと首を振って否定してから、ルクスは袋を受け取って中身を詳しく見る。クッキーが主だが、実に多彩な種類の焼き菓子が入っていた。どれもこれも出来は素晴らしく、芳醇なバターの香りをかぐだけで、手が伸びそうになる代物である。

 しかし、あまりに多すぎた。


「……侍女に教わりながらだけど」

「ありがとう」


 溢れそうになる感謝の気持ちをまず伝え、早速一つ口にする。思わず漏れた感想に、ティアはほっとしたような顔を見せると、


「……ふ、ふん」


 思い出したようにそっぽを向いた。

 それからすべての種類をとりあえず口にして感想を伝えると、紙袋の口を丁寧に畳む。残りは家に帰っての楽しみにするんだ、と弾む口調でつぶやくと、ティアは馬鹿じゃないのと顔を赤くした。

 そして一息。


「ところで、どうだった?」


 ルクスは様々な意味を込めて尋ねた。仕事を手伝ったこと、街に出かけたこと、サラにおめかししてもらったこと。そして、嫌いと思っている人間と触れ合ったこと。

 ティアは、質問の意図を探るようにルクスを見た後、呆れたようなため息を吐いた。


「……悪くなかった」


 小さくそうつぶやくと、顔を下に向ける。


「アンタがどうしてもって言うなら、また行ってあげてもいいわ」


 その言葉に、ルクスは苦笑気味に笑った。それはよかったと、微笑んでみせた。

 そのときだった。


 突然、胸を押さえてうずくまる。ルクスは苦しそうに顔を歪ませた。


「…………どうしたの?」


 珍しいこともあったものだな、とティアの心配そうな表情を見て頭のどこかでそう思った。そして、それを悲しそうなものに変えたくなかった。何でもない、と笑顔を見せて返事をする。


「大丈夫って顔じゃないじゃない……いったいどうしたの?」


 しかし、安心させることは出来ずについにティアまでも顔を歪ませてくる。そんな表情は彼女には似合わなかった。

 そしてルクスも、ティアに返事をするほどの余裕もなくしていた。


「……ぐ…………あ……」


 これは駄目だ。そう思った瞬間に、ルクスは立って走り出していた。


「あ……」


 ティアが呼び止めるような声を出す。しかしそれも意味をなさなかった。

 ルクスの視界で草が、土が、石が後ろへ高速で流れていく。ただあてもなく走りだしたルクスの、その視界が狭く、そして赤く染まっていく。


「……これ、は……ま、ずい……」


 ルクスはそれだけ感じると、自らの小屋へ、魔の森へ走っていった。




  ◇◆◇



 行ってしまった。


「なんなのよ、アイツ……」


 突然苦しそうに俯いたかと思えば、元気よく走りだす。意味のわからない少年だった。

 ただ、


「大丈夫、かな……」


 そんな思いまで自分のなかで生まれていることを自覚して、アタシは愕然とした。人間なんかの心配をしているなんて……。王城はみんな汚い。だから、人間は汚い生き物……そのはずなのに。

 アイツは違う。そんな思いもどこからか湧いてきていて。

 どこに行ったんだろう、家に行ってみようか。

 アタシは思い切り頭を振ってその考えを無くす。何馬鹿なことを言ってるんだ。人間なんて……。そして再びあの少年を擁護する言葉が頭に思い浮かぶ。いったいアタシはどうしてしまったのだろうか。


「ほんとに……なんなのよ、アイツ……」


 もやもやでむしゃくしゃした気持ちを抱えて、アタシは帰路についたのだった。




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