異変
久しぶりの投稿です。これからもチョクチョクしていこうと思います。
豪華な天蓋付きの寝台に横たわる身体。それがゴホゴホと穏やかではない音を立ててわずかにくの字に曲がる。それは、稀代の賢王と呼ばれる男のものだった。
「陛下」
「案ずるな、すぐ治る。……それより、王女はどうしている?」
「今頃は、ご自室で勉学でも修められている頃かと」
そう国王へ報告するのは、まだ成人になったばかりと言った風貌の男だ。精悍な顔つきに鍛え抜かれた細身だが頑強な肉体。彼は国王と並んで民から信頼を寄せられる、聖騎士だった。同時に騎士団の若き団長でもある。
そうか、とつぶやき大きな枕へと身を沈ませる国王。その顔は血が通っているとは思えないほどに青白く、そしてやつれていた。ルクスと謁見した時も健康な時に比べ不健康そうな顔色だったが、現在はそれ以上だ。
そこで、聖騎士の隣、枕元で椅子に腰掛ける中年が一人。国王へ言葉をかけた。
「陛下。隣国ストースとの会談ですが……やはり代理をお立てになったほうが……」
「――否。それは認められん。国同士の会談で国王が赴かぬなどあってはならぬ」
国王はいまだしっかりとした口調で傍に控える外交大臣と仕事の話をすると、就寝へと移った。
大臣が一礼して、その場を後にする。階段を降り、自らに与えられた書斎に入る。そこには事前に待機命令がくだされた、大臣お抱えの側近が直立していた。
「いかがでしたか?」
「駄目だ。あの男、なかなかしぶといぞ」
「……『毒』が聞かないのですか?」
大臣に比べて幾分若く三十代といったところの側近は、信じられないものでも聞いたように目を見開く。しかし、大臣はそれに首を横に振った。
「いや、確かに効いてはいる。しかし、あの男の精神力が凄まじいのだ。さすが、かつて騎士団元帥と肩を並べたと聞くだけはある」
「騎士団長の監督役である、あの元帥とですか……。それは確かに凄まじい……」
見開いていた目でさらに驚愕を表す側近。大臣はそれにむぅと唸った。
「さらに『毒』を増やすか……しかし感づかれても困る」
「聖剣……厄介ですね」
しばらく二人で思考。辺りの静寂が染み渡るように部屋を支配した後、大臣がまあいいと口を開く。
「そのうちあの男も耐えられなくなる。それまで待つとしよう。王権はあの弟にさせる。あやつなら容易に操れる」
「そうですね。それが最善かと」
そこまで言うと、大臣は仕事机へと向かい合い、その上の書類を見た。
「私のものとなるのだから、この国も強くせねば……とりあえずのところは外交か」
そう言って、大臣は側近と共に自らの作業へと戻るのだった。
◆◆◆
小ぶりの斧が振りかぶられる。
それが、振り下ろされた先には木材。斧で叩き割って、火にくべるためのものだ。つまりは薪割りだった。
しかし、振り下ろされた斧は薪を半ばまで分かつものの、割るまでには至らない。それをそのまま土台に叩きつけて最後まで割ろうとする。しかしそれもうまくいかない。
「なんなのよっ! なんでうまくいかないの!」
斧を持つ者の声がその場に響き渡り、傍らにいる少年が苦笑する。少年が斧に手を添えてもう一度すると、今度は容易く最後まで割れた。
「むぅ……」
不満げにそう漏らす少女――ティアは、美しいラベンダー色の髪をふっと払って、もう一度斧を握り直した。
「お疲れ様」
そう言ってルクスは汲んできたばかりの水をティアに差し出す。ラベンダーの少女が黙ったままそれを受け取ると、一気に飲み干した。
「今日も抜けだしてきたの?」
「そんなの、アンタには関係ない」
それだけ言って、彼女は肩掛けの小さなカバンを手に取る。
そんな冷たいように見えるやり取りでも、以前より口を聞くようになったことをルクスは喜んだ。そのとき自然に浮かんだ微笑が、ティアの顔を不機嫌にさせた。
「なに笑ってんの」
「いや、薪割りまでしてくれて嬉しいと思って。もう今日の仕事が終わっちゃったよ」
ふんと顔を背ける少女に切り株をすすめる。ティアはそこにおとなしく座った。
「それじゃ時間も余ったし、商店通りにでも行こうか」
「……は? なんでそうなるの? なんでアタシが人間たちがうようよいるところに……」
ティアがそう言って嫌そうな顔をするのを、ルクスはそれを吹き飛ばすように明るい声で言った。
「いいからいいから」
「アンタ、そればっかり」
ルクスが楽しそうな笑顔でティアの腕を引く。それに逆らうこともなく、ティアは立ち上がった。
それじゃ行こう、とルクスが口にして、二人は商店通りへと向かって歩き始めた。
「サラさんのところへ行こう」
「……なんで?」
「だってティア、疲れてるでしょ? 僕の仕事手伝ったり、ここまで歩いてきたりで」
黙りこんで俯くティア。その手を引っ張ってルクスがサラの家へ向かおうとした所で、少女はボソッとつぶやいた。
「……あの女、アタシが王女だって知ってるわ。だから、どうせ媚を売ってくる」
その悲しい声色に、ルクスは彼女の心の闇を垣間見た気がした。そして、安堵した。
にっこりとルクスは笑って、ティアと視線をあわせて口を開いた。
「行ってみてから、判断してみて」
そうして、少しでも彼女が安心するよう、力強く歩いていった。
「あら、ルクスに……ティアちゃんじゃない! 来てくれたの?」
「うん」
ルクスがいつものように笑顔を見せると、サラが今度は傍らのティアの方に意識を向けた。サラは目をキラキラと輝かせて、手招きした。
「ティアちゃん、こっちにいらっしゃい」
「……なに?」
用心しながらもおとなしく近づいたティア。彼女が充分近づいた所で、サラは彼女をガバッと捕獲した。
「ッ!?」
慌ててバタバタ暴れるティアだが、うまく抱いて捕まえたサラのほうが一枚上手だ。ティアのカバンを近くの机の上に置いて、そのままサラはルクスに緩んだ顔を向けた。
「それじゃあ、ティアちゃんを借りるわね~」
どうぞどうぞと笑顔で見送ったルクスに、おいおまえ騙したな的な視線を送って睨むティアだが、そのまま為す術なく生活部屋の奥の方へと連れていかれてしまった。
それをなんだか優しい目で見届け、自分も腰を落ち着ける。それからさり気なく周りを見渡して。
「……ぐぅ……ッ!」
突然胸を押さえて、その場で身を屈める。そのまましばしの間高まる動悸を抑える。それに時期が近づいてきていることを感じる。
今夜は小屋で絶対安静にしなくては、とルクスは思った。




