お姫様
今日は大事な日だ。
ルクスは手元の木箱を丁寧に布にくるみ、小屋を出た。向かうは王城。ルクスは眩しい陽射しに目を細めた。
王女の生誕記念品。それが今回の依頼だ。今は昼過ぎ、そして受け渡しや取り扱いの注意などをしないといけないようなので、遅くとも帰るのは日が暮れた後になってしまうだろう。
ティアに会えないな。
自分にとってそれがさみしい事だと気づいて、ルクスは驚く。
品物を日光で温まらないようにしながら、歩き始めた。商店通りを抜け、その先の貴族区へ足を踏み入れる。衛兵がこちらを向くが、すぐにその視線をそらした。ルクスは軽く会釈してから、教会の方へと歩いていった。
教会に着くと、その扉を押し開ける。と同時に、司祭も出てきた。
「お早いですね」
「そんなことないです。念入りにしていたら逆に遅くなってしまいました」
「……本当にいい仕事をしていますね。なぜ今まで国王専属にならなかったのでしょう」
いえいえそんなことは、と謙遜をして、ルクスは頭をかく。その後に王城へ案内してもらった。
基本、国王には司祭に話を通してから会うのが決まりとなっている。貴族ならまだ例外もあるが、ルクスは平民。司祭を通さなければ、国王の存在すら感じ取れないかもしれない。
「ルクス殿を連れて参りました」
「入れ」
前回とは違い、国王ではない声が入室の許可を出す。重々しく開く扉にもいくぶん慣れて、ルクスは謁見の間に足を踏み入れた。
赤い絨毯、眩しいシャンデリア。他にもかなり質のいい品が飾られていることに、ルクスは気づいた。前回そこまで気が回らなかったためであるのは明らかなので、どれだけ自分が緊張していたのか再認識してしまった。
身を固くしたルクスが視線を下げたまま中央まで歩み、膝を付く。そして顔を上げた時、おや、と思った。
玉座に、国王はいなかった。
「依頼の品を」
耳に障る声がルクスの行動を促す。しかし、ルクスは素直に従うことはなかった。
「失礼ながら、国王はどちらに?」
「貴殿に関係はない。陛下はご多忙なのだ」
突き放すように冷たい言い方。しかし王族の生活など全く知らない平民のルクスには、判断がつかない。
「わかりました。それなら、取り扱いについて説明します」
注意事項をいくつか話し、その中でも特に気をつけるべきところを強調して話した後、ルクスは謁見の間を後にした。
「国王は体調でも崩しているんですか?」
「……なぜ、そう思われたのです?」
謁見の間を後にし、階段の踊り場に差し掛かった時。ルクスの質問に司祭が驚きに目を見開いた。
「いや、あの国王が忙しい時に僕を呼び出したりするのか、と思って」
「なるほど。……目利きですね」
「ヒトトナリを察するのは得意なので……」
そういう会話をして階段を降りきった時、ルクスは目の端を過ぎたものに反射的に振り返った。少し離れた場所に鮮やかなラベンダー色。
「え、ルクス君?」
司祭が止める間もなく、ルクスはスタスタと目的のもとまで歩く。それを察したのか、横道の通路に入ろうとしていたその人物がこちらを振り返った。
その人物が目を見開く。ルクスは思わず浮かんだ笑顔で声をかけた。
「や、ティア。こんなとこで会うなんて、偶然だね」
そう、目の前には目を丸くしてルクスを見るティアがいた。彼女は普段とは違う豪華なドレスを身にまとっていた。
と同時に、
「貴様、何をしている!」
その声と共に、ルクスは背中に強い衝撃を感じたと思えば、地面に組み伏せられていた。思わずルクスは苦悶の声を漏らす。ルクスを押さえつけたのは、王城の衛兵のようだった。
「貴様、今、姫様に何をしようとしていた!?」
姫様?
ルクスが顔を歪めながらも冷静な頭で疑問符を浮かべていると、司祭も慌てて駆けつけてきた。
「一体どういうことです」
「それが、この少年が突然姫様に近づき……」
「本当ですか?」
自分のほうを見てきた司祭にルクスは否定はしないという気持ちで見つめると、そうですか、と言って司祭は目を伏せた。
「この少年は平民街の者です。姫様との関わりは――」
「……あります」
「姫様?」
司祭と衛兵全員が一斉に同じ方を向く。そこにはいつも悲しそうな顔をしているティアではない、国王の娘である王女がいた。
「その者は、わたくしの知人です。以前視察をした際、世話になりました。今すぐ放しなさい」
「し、しかし……」
「口答えを?」
「い、いいえ!」
そう言って慌ててルクスを解放する衛兵。
「すいません、ありがとうございます」
ルクスがそう言うと、何故かかなり微妙な表情をされる。どうかしたのだろうかと首を傾げるルクスに、ティアは王族としての威厳溢れる言葉をルクスに対して発した。
「この場は平民が来るものではない。早急に立ち去りなさい」
え、でも、とその言葉に反論しようとした所で、ティアの瞳を見る。それを見て、ルクスはその場でなるべく行儀良く見えるように一礼した。
「わかりました。失礼しました」
周りにいる司祭たちにも別れの声をかけた後、ルクスはその場を去ったのだった。




