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人がいっぱい



 賑わう道。夕食の買い物をしている人々が多く、あたりは朗らかな活気にあふれていた。その光景を見てティアは開いた口がふさがらない、といった感じだった。


「……ここまで人が多いの」

「初めて見た?」

「うん……」


 信じられないといった様子のティアの手を引き、商店通りを進む。最初は嫌がっていたティアだったが、今は好奇心が勝ったようでおとなしく引かれていた。

 手近にあった肉屋から八百屋や魚屋と、食品関係の店を一つ一つまわっていく。


「ここは商店通りの入口で、仕入れがしやすいから食品系の店が多いんだって」

「……へぇ」


 そんな雑学をルクスが言う頃には、ティアも気を取り直していたようだった。


「私、夜までに戻らなきゃいけないんだけど?」

「なら、日が暮れる前に商店通りを案内するよ」


 そう言ってにこりと笑いかけるルクス。ティアは目をそらした。そこで、


「……ん? っておうい! ルクスじゃねぇか」


 そんな声が聞こえてきたかと思うと、頑強そうな男が一人近づいてくる。反射的になのか、ティアが自分の影に隠れたことにルクスは驚きながらも、その男に言葉を返した。


「エンケさん。仕事の方は順調?」

「おうよ! おかげ様でな。あの棚、丈夫で役立ってるぜ」


 そこで二、三、雑談を交わした後に、エンケの注意はルクスの後ろの少女に向かった。


「その子は……ってははぁん。なんだよ、おめえも隅に置けねぇなぁ」


 何か壮絶な勘違いをしているエンケにルクスは苦笑を漏らした。


「たぶん、エンケさんが考えているのとは違うよ?」

「ん、そうなのか? てっきりついにルクスにも女ができたかと思ったのによ」

「……っ」

「違うよ。それに……僕のことを思ってくれる人なんて」


 一人過剰に反応した少女がいたが、ルクスとエンケはそれに気づいた様子もなく会話を成立させる。


「いやいや、おまえはいい奴だからな。きっとゴマンといるぜ?」


 だといいんだけど、とルクスが気弱げに言ってから二人でひとしきり笑った。


「おーい、エンケ! このインテリア売ってくれー!」

「おう、わかった! ……悪いな、仕事だ」


 ううん、とルクスは言ってから、そこでエンケとの話は終わりのようだ。店の中へ戻っていく大きな背中を見送っていると、ふと後ろから声がした。


「あの大男が……インテリア?」

「エンケさんって言うんだ。家具店をやっててね。確かにイメージと合わないよね」

「……八百屋のほうが合ってる」

「はは、たしかに」


 ルクスもかつて感じたことをティアも感じたようで、普通に会話になっていることをルクスは嬉しく思った。それに気づいたのか、ティアが今更口を閉ざす。

 そのことにやれやれと小さくため息を付いていると、再びルクスに声がかけられた。


「あら、ルクスじゃない」

「サラさん」


 相変わらず見事な金髪をなびかせながら、歩いてくる女性の方を向いてルクスは挨拶をする。


「今日はどうしたのかしら? 私に会いに来てくれたの?」

「はは……ごめんなさい。この子に商店通りを案内してるんだよ」


 そう言って後ろを示す。そこには先程のようにルクスに隠れるようにティアがいた。その顔はなぜか少しむくれている。ルクスの言葉を聞いて、サラは悲しそうな顔をした。


「ぐすん。私のことも飽きちゃったのね……」

「ご、誤解招くようなことを言わないでよ!」


 周りから向けられる責めるような視線。そのどれもがわざとらしいことが唯一の救いだが、ルクスには充分厳しい状況だった。


「ふふ、ごめんなさい。つい」


 そう言ってサラが笑うと、すぐに周りの視線が消える。打ち合わせでもしているかのようなコンビネーションだ。ルクスが安堵の息を漏らした。

 サラが今度はティアに興味惹かれたように近づいた。目の前まで来て、そして驚きで目を丸くした。


「その髪の色……まさか……」

「どうしたの?」


 驚いて固まっているサラに尋ねたルクス。しかし、すぐにサラが正気に戻ると、


「なんでもないわよ? 私、サラ。よろしくね」

「……」

「ティアって言うんだ」


 ルクスが口を閉ざしたティアの代わりに答える。当人から睨まれるが、見ないふりをした。


「そう……ティアちゃん。お茶しない? 口にあうかはわからないけれど」


 そう言われて、明らかにティアは迷った様子だった。見知らぬ人とお茶などしたくはないが、少し何か飲みたいといったところだろうか。それを後押しするために、ルクスは耳打ちした。


「前あげたクッキー。サラさんが作ったやつだよ」

「っ!?」


 そして、サラの家に向かうことになった。











「少し遅くなっちゃったね。大丈夫?」

「……本当。どうしてくれるのよ。何かしてもらいたいわ」


 日も暮れかけている中、貴族区の近くまでルクスが送っているところだった。


「何かって?」


 次に会うことが前提になっているような言葉に、ルクスは笑顔になる。それに気づいた様子もなく、ティアは俯いた。


「……次も……」

「え、なんて?」

「な、なんでもないわよ!」


 顔を背けるティアにルクスは不思議そうな顔を向けた。しかし続けて聞こうとした所で、ふと他の声が聞こえてきた。


「……いたか?」

「いや……。いったいどこへ行ってしまわれたのか……」


 ガチャガチャといった音を奏でて走り回っている男たち。どうやら兵士のようだ。こんな所に兵士は珍しい、とルクスが思っていると、ティアが動いた。

 こそこそと貴族区へ入っていく少女の姿を見てルクスははてなマークを浮かべたが、なんとなく周りの雰囲気に合わせ、小声で言葉を放った。


「またね」


 その言葉はきちんと聞こえたようで、ティアはルクスの方を振り向くと、ふん、と言った調子でそのまま去っていった。

 その様子を見てルクスはもう一度首を捻ると、夜闇の中を自らの小屋の方に向いた。


「まったく……毎度毎度どこに行かれるのか」

「探しに行かなければならない我々の身にもなっていただきたいものだ」


 途中、さほど遠くない距離から兵士の声が聞こえた。怪しまれてはたまらないため、ルクスは小走りで逃げ出すように家路についた。





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