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謁見



 翌日の昼。ルクスは王城へと向かっていた。

 その手に下げるのは、風呂敷に包んだ上等な箱。その中には今回の依頼の品が入っている。


「……ちょっと遅くなったかな」


 高くなった太陽を見て、ルクスがつぶやく。指定されていたのは日時だけだったが、予想していた時間を過ぎてしまったことに、己の未熟さを感じていた。

 ルクスは足を速める。平民街を通り、商店通りを抜けた。庭園の衛兵へ挨拶をする。先日とは違い友好的にそこを通り抜けた後、教会へと向かった。

 たどり着くと、中に入るまでもなく司祭を見つけた。扉の前に立っていたのだ。挨拶と社交辞令を一通りこなすと、すぐについてくるようにと言われた。王城の方へと案内してもらうのだ。

 美しいが中身のない庭園を真っ直ぐ通り過ぎ、貴族区のさらに奥へ。平民街とは異なり、一軒一軒の間にはマラソン出来るほどの距離が存在し、建物も豪華で着飾る美しさがあった。

 やや早足気味の司祭に意識してついていく。手に持つ品物も揺れないよう気を配りながら、ルクスは貴族区を抜けていった。









 豪華絢爛を形にしたようなホール。ルクスはホコリ一つ無い赤い絨毯をなるべく踏まないようにしていた。ルクスの小屋ほどの広さを持つ踊り場に驚嘆しながら、階段を上った。気安く手すりにも触れられない。


「こちらですよ」


 司祭の案内で、教会の入口ほどもある扉の前に立つ。脇に立つのは近衛兵だろうか、屈強な男たちが。そわそわし始めたルクスを微笑ましそうに見てから、司祭は扉の向こうへ声を上げた。


「陛下。件の者を連れて参りました」


 返事はない。しかし少しの後に扉が重々しく開いた。

 司祭がスタスタと歩いたので、ルクスも扉を開けた内側にいた近衛兵に会釈して、慌ててついていく。そこは王のおはします謁見の間だった。

 司祭が部屋の中央近くまで歩くと、膝をつく。ルクスもそれに倣った。


「連れて参りました」

「ごくろう」


 パイプオルガンの音を想起させる重低音。それが王の声の第一印象だった。充分すぎる威厳に、ルクスは納得した。上目遣いにその姿を見ると、赤紫色の髪に同色のたくわえられた髭。大きすぎない身体は、逆にその存在感を一段階上へと押し上げているようだった。


「そなたが良質な細工で名高いルクス殿か」

「な、名高いなんてとんでもない。ただの一庶民です」


 突然話しかけられたことに慌てふためきながらも、なんとか答える。しかし、敬語の使い方などは知らず、知っている限りの丁寧語で返事をしたことに、側近の男が眉をひそめた。

 それを気にした様子もなく王は笑った。


「謙遜するな。ただの一庶民には冠を作らせるわけにはいかぬぞ?」

「それは…………品を見てから判断してください」

「ふははは。わかった。そうしよう。では」


 品が求められていることに遅れて気づき、ルクスはその手にあった風呂敷を丁寧に解いてから、中の木箱を司祭に渡した。

 司祭が歩いて近寄り、王へ手渡す。王はその木箱を開けた。


「これは……」


 そう言って、木箱の中身を取り出す。そこには銀に煌くティアラ。


「おお……!」


 脇に控えていた側近や大臣たちも驚愕をそのまま表情に出す。それほどにその品の出来が良かった。

 くすんだところは一つもなく、光が反射していると言うより光を放っているという形容が合うその輝き。形も繊細かつ優美で、細かい部分も作りにムラがあるわけでもなく、完全な左右対称(シンメトリー)

 まさに至高の一品だった。


「……これはそなたが?」

「え? あ、はい。『力及ばないところもあるとは思いますが』……」


 ルクスは、加工の師匠である育ての親から「貴族様に差し上げるときはこう言いなさい」という言葉を思い出し、口にした。そこに王が反応した。


「……この技術を教えたものは、相当立派な人物だったのであろうな?」

「あ、ありがとうございます。このシャンデリアがその者の作品だろうと思います」


 自分が褒められたようにうれしくなって、ルクスは部屋に入ってきたときに気づいたことを漏らしていた。


「そうか、やはりおぬしはシュバルの弟子だったか……」

「じいさんをご存知なんですか?」

「うむ。腕の良い職人だった」


 更に嬉しくなったルクス。一方で、王はそうかそうかとつぶやいている。その間に王の脇にいた男が口を開いた。


「ルクス……とか言ったか? 貴様、言葉遣いに気をつけろ」

「よいよい。ルクス殿、気になさるな」

「ですがしかし……!」

「我が弟よ。言葉遣いがなんだ。そんなことは些細なことぞ」


 それっきり黙りこむその男。確かにその赤っぽい髪は王族に連なるものなのだろう。しかし、痩せこけた顔にギラギラした三白眼は、どこか狡猾な印象を抱かせた。


「よし」


 そう言って王は表情を改めた。


「この冠は素晴らしい出来である。よってこれを王女の物とし、その者は王城専属の細工師とする」

「陛下!? こやつは下民ですぞ!」


 大臣たちが立ち上がりかける。そして、ルクスは状況を認識できていなかった。しばらく考えてやっと言葉の意味を理解した時、王がルクスに尋ねた。


「どうだ、やってくれぬか?」


 ……ルクスに断る選択肢などはじめから存在しなかった。





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