残酷な夕方
久しぶりの快晴も6月の湿気からは抜けきれなくて
じっとりとした空気がなんとなくまとわりつく。
点けっぱなしのテレビと次第に明るさを増す窓の向こう側が
今日の終わりに近づこうとしていた。
アパートの外はいかにも住宅街でなんら変わりない風景。
大学時代から変わらない風景に、たまに絶望感さえ覚える。
そう。全然変わらない、あの頃からずっと・・・。
大きくついたため息が世界を一転してくれれば、なんて
馬鹿な事ばっか考えてた。
そしてまた現実に引き戻される、ずっとその繰り返し。
そんなとこもまた、変わんないんだよな。
飾るように玄関の脇に立ててあるロードレーサーを丁寧に
引っ張り出して、いつものように点検を始める。
こいつは俺の相棒だ。
白のラインに所々、アクセントに赤が際立っていて、正直一目惚れだった。
じっと見つめていた俺に自転車屋のおっちゃんが安く売ってくれたのを今でも覚えてる。
相棒の最終確認を終えると、そいつを肩に引っさげて
階段を駆け下り、相棒に跨る。
俺を乗せた相棒は梅雨のじっとりした空気の中を駆け巡って
いつもと違う景色を俺に見せてくれた。
住宅街を1つ抜けると少し大きめの道路に出て
会社帰りの車が列を成す。
そんな社会の法則をまるで無視するかのようにして
俺と相棒は、近道という名の裏通りに止まることなく入り込んだ。
ブレーキを1度もかけることのなく
鮮やかに夕方の街を駆け抜けた。
肌に当たる風が気持ちいい。
周りに下校中の学生の姿が見えると
携帯の時計を確認して、待ち合わせから10分過ぎていることに今更気づいた。
制服やらジャージやらの隙間をくぐって
歩行者用の校門とは違う、駐輪場出入口の門の前にあいつがいるのを確認する。
「こら、安全運転しなきゃ生徒にぶつかるじゃない。」
「ごめん。」
「それに10分以上遅刻。」
「ほんと、ごめん。」
とことん、みつきに弱い俺。
時間に厳しくて、しっかり者のみつきは
俺にあーだこーだって、昔から言ってたっけ。
「ジュース奢ってね?」
「いつもじゃん、それ。」
ロードレーサーから降りてみつきの歩調に合わせて歩き始める。
どちらからともなく、目的地は決まっていて
当たり前のように近況を報告しあった。
「もうすぐ高総体なの。」
「何の部活?」
「水泳部。」
中高大と、俺とみつきは水泳部に所属していた。
大学時代でみつきはマネージャーへと転向してしまったけど
そこはさすが元選手で、しっかりと選手のサポートをしてくれる
マネージャーをしっかりこなしていた。
「いいなぁ!泳ぎてぇ。」
「のぶ君は?」
「俺?俺は、来月からニューヨーク。」
「また?」
「そっ、また。」
「飽きないの?」
「飽きないんだなぁ、コレが。」
ニッコリと笑う、みつきの表情が今も俺の感覚を鈍らせる。
こうした結末を望んでいた訳じゃなかったから。
夕日が俺らのシルエットを映して
幸せの輪郭を縁どっていくけど
この幸せが俺にリアルを突きつけて・・・。
今日もまた、見つめることしか出来ないでいた。