午後の昼さがり
冷蔵庫からペットボトルを取り出して常温に戻していく。
ずっと1人だとマイルールばっかり増えてきて、なんとなくそれが居心地はいいにしても、誰かと新しい生活をするなんて想像がいつの間にか出来なくなっていた。
窓を全開にして、外からの空気を取り込む。太陽の光と共に、干したばかりの洗濯物が外の景色と重なっていた。
平穏な平日の午後に流れるワイドショーは、生活臭の溢れる部屋に雑音として入り込んで、逆に違和感はない。へぇ、こんな小さい子もテレビなんか出ちゃうの。苦労してんな。真っ黒な大人たちに囲まれて、いつかはませていくんだろうな・・・。
ほんとに、他人事のような平日の午後だ。
それからしばらく面白おかしく喋るワイドショーに見入って、そのあとやっと常温水に手を伸ばした。
ペットボトルにまとわりついていた水滴が手のひらに広がって、Tシャツの裾でそれを拭うと、キッチンサイドボードに置いてあった携帯が点滅していることに気が付いた。
やべ。すっかり忘れてた。
今はスマートフォンだとかIフォンだとか、便利なものほどよく売れているみたいだけど。そして実はこの情報もワイドショーの受け売りだったりする。
かなり使い古した、塗装が剥げまくりのこの携帯も案外悪くはない。カチコチとボタンを押すと、1時間前くらいに着信があったことが分かった。
・・・1時間前か。あっちはちょうど昼休憩終わったところだったのだろう。
今かけたとして、出るか?まぁ、出なきゃ出ないで、留守電残すか。
かなり安易な感じで、発信ボタンに親指を合わせた。
「・・はい。」
「ごめん、さっき・・・気づかなくって。」
「またマナーにしてたでしょ?」
「や、今回はガチで気付かなかった。それより、今かけても良かった?」
「うん、ちょうど授業入ってなかったから。」
あっけなくでた電話にいかにも話を聞く気満々ですといった感じに俺は、
また手が濡れないようにペットボトルのキャップ部分を掴んでソファのあるとこまで移動する。
沈むようにソファに身をあずけると、ふぅ、というため息が電話越しに聞こえて俺は目を閉じた。
「どうした?」
「・・・うん。」
たぶんきっと、
コイツのこういう時って、いつも緊張している証拠だ。
あいつなりに、ゆっくりと言葉を選んでいる。
それを理由に、言葉を時間をかけて選んでいる時間の間は、とてつもなく美しいと感じてしまう。
機械の向こう側から聴こえる、規則正しい呼吸音やため息が、綺麗で優しい。
目を閉じれば、なんとなく容易にあいつの姿が見えるような気がして、俺もその呼吸音に合わせてみる。
「あのね」
「ん・・・・?」
「ノブ君に、話があるんだけど。」
「・・・話?」
「そう。話。・・・今日、夕方会えますか?」
話?
「・・い、いいけど。」
「ごめんね、突然。」
「大丈夫。迎えいくよ。何時終わり?」
機械越しにどこか安堵したような空気が伝わってきて、心の奥にジンと来るものがあった。
コイツの、独特な空気に安心感を覚えて、電話で目を閉じる習慣が身についた。
それは他人に言わせてみれば、一方通行の片想いに似ていた。
あいつをもっと近くで感じていたくて、
あいつが作り出していた空気とか雰囲気を電波を介して懸命にたぐり寄せる。
掴み取るような感覚は決してないけれど、それでもたぐり寄せたあとの暖かさだけでも俺の心を十分に満たしてくれた。
「じゃぁ、18時に校門前でお願いします。」
「了解。・・・あっ、みつき。」
「なに?」
「・・や、何でもない。・・生徒に舐められんなよ?」
「バカにしないの。」
ふふっ、と笑いながら切れてしまった携帯を、大きくため息をつきながら、近くにあったクッションに投げつけた。
いつの間にか、
ウッド調のローテーブルに置いていたペットボトルの水滴が水たまりを作っていた。