シャボン玉に映した記憶
近所の公園でまだ小さな子供が母親と仲良くしゃぼん玉を膨らましている姿が、洗濯物を干している最中に垣間見えた。
まだ少しあどけないその子は、膨らんで宙に浮き漂うそれを必死に掴もうとしていた。
ぱちん、と音を立てるようにして小さな手の中に消えたシャボン玉を見て、今なお残る、痼にも似た傷に痛く響いた。
胸に波のように押し上げてくる気持ちを抑えるかのように、わざと勢い良く洗濯物をぱん、とシワを伸ばすと、母親の方が俺に気づいてこちらを見た。
「おはようございます。今日はお仕事はお休み?」
「はい。一週間ちょっと、かなり早めの夏休みです。」
「そう、もう少しで忙しくなるものね。」
大学を出てからかれこれ5年。ボロくも無く、狭くもない。だからと言って、家賃が高いわけでもない。まぁまぁと言える物件に出会い、愛着もあってか、仕事場である旅行代理店の事務所から自転車通勤でしか手段のないこの土地を離れられないでいた。
「来月はニューヨークなんで、また何か頼み事あったら遠慮なく言ってください。」
こういう仕事柄、国内だけじゃなく国外にも飛ばされるようになり、現地のガイドと一緒に旅行プランを練り上げる。
とにかく小さい頃から外国という、日本とは違う街並みにただ純粋に憧れを抱いていた。
大都市であっても、日本のそれとはまた異なって自然と共にある都市や、国によって異なるそのスケールの大きさに魅力を感じていた。
『いいなぁ・・私も連れていって。』
振り返って洗濯かごをそのままソファに放り投げて、もう1度ベランダから顔を出すと、さっきの女の子が1人でまだシャボン玉を膨らませていた。
2階に位置する俺の部屋までふわふわと飛んでくるそれが、もっと高いところへと、春と夏の中間色の風に乗せられて舞い上がろうとしていた。
『ノブが連れていってくれるんでしょ?・・ふふ、どこにでも行けるね。』
ふわふわと、俺の知らない空の向こうでぱちんと消えていくであろうそのシャボン玉を、俺は掴み取ることも優しく包みこむことも出来ないまま、恐ろしく天気のいい空を眺めていた。
幻想にも聞こえた、優しくそして脆いその声に俺は恋していた。
なぁ、みつき。
ぱちんと割るように消えてしまった記憶は、もう2度と戻らないのだろうか?
追憶の彼方にいくつもの思い出は蘇るけど、みつきには見えてる?
きゃっきゃっとしゃぼん玉をみてはしゃぐ女の子が、小さい頃のみつきと重なって見えた。
『海の見える街に行きたい。』
みつきが俺を忘れてからちょうど7年目の夏が来る。