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冬の季節/雪/氷の物語

いじっぱり

 窓をあけたら白い雪が入り込んできた。本日も、いつもと同じ朝がやってまいりました。




 下宿先のおば様に急かされて急いで朝食を口の中にかきこみ、しっかり30回噛んで飲む。ここに来てから1年の間、ずっとこの生活を繰り返していることでもう体に染み込んでしまった。

 『おた崎』というのがこの下宿の名前。「おた」というのはおば様の愛称らしく、近所に住まう人たちからは「おたさん」と呼ばれる、元気でかわいい60代の女将さん。「崎」はここが岬が近くにあるというので、おたさんの「さん」と「崎」の言葉をかけているらしい。


「それじゃあ、行ってきます」

 慌てて靴に足を突っ込み、おば様からお弁当を受け取ると頭を軽く下げて扉に手をかけた。

「今日はゆっくり歩いて行くのですよ。雪がまだ薄いですからね、足が滑ってしまいますよ」

 おば様は本物のお母さまみたいに手を焼いてくださる。

「足元を見て歩くようにします」

 おば様の過剰過ぎるような親切を、邪魔だとか鬱陶しいと思ったことは一度もなく、逆に存在が認められているようで胸の内がホクホクするぐらい。

 外に出る前に、いったん姿見に全身を映して確認してから、改めておば様に挨拶をして、マフラーを巻きながら外に出た。


 外は起きた時よりもいっそう白く彩られ、ゆらゆらと柔らかそうな雪片が天上から零れ落ちていた。

「よぅ」

 『おた崎』の外門を出ると、すぐに聞きなれた声が聞こえ、さっと血が上った。

 何とかマフラーの影で顔を隠したが、耳が真っ赤になっているかもしれない。そう考えてしまうと、やっぱり言葉を返せなかった。しかし、相手は気にした様子も無く、凭せ掛けていた壁から体を離して起き上がった。肩にうっすらと雪が融けたような後があるのを見つけて、自分ののぼせ上がっていた顔面がさっと冷めた。

「待ってなくて、いいのに・・・」といいたかったけれど、言葉にはできなかった。

 二人で学校に向かいながら、雪が舞う中を黙々と進んだ。


 外に出てすぐ、素肌がさらされたままの手がかじかみ、真っ赤になってしまう。それで温かい息を吹きかけていると見咎められ、もごもごと返事をした。

「え・・・? だって」

 いったん口をつぐみ、ちらりと視線をそちらに向けた。自分と同じように手袋をしていない手がその先にあった。その事に気づいたのだろう、隣からあきれたような、そんな声が聞こえた。

「別に、好きにしろ」

 目をぐっとあげて表情を読もうとしたが、すぐに顔を脇に逸らされてしまった。

「・・・はい」

 それでもやっぱり、言葉の隅々から感じ取れる優しさに、頬を染めた。




 あの日から少しして、いつものように学校へ行こうと同じ朝を迎えたけれど、その日は少し違っていた。

 おば様に見送られ、門を出ると「よう」といつもと同じように声をかけられた。

 その日はやっぱりすこしいつもと違っていて、うまく挨拶を返せた。そして何より、視線を向けた先には手袋をしている彼の姿があった。まるでその手袋が、「お前も次からは手袋してこい」と言ってきているようで、知らず知らずのうちに幸福感に浸ってしまい、その日はずっと顔からゆるんだ笑みを消すことは出来なかった。

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