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パピヨン  作者: ミミ


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5/8

サンフラワー

【5】

父にワニを買ってもらい、私は一人でそれを育てていた。

最初は小さくて愛らしかったそのワニも、いつの間にか25cmほどに大きくなり、餌も大変になったので、森の中にある池に放しに行った。

その帰り、いけないことをしてバチが当たったのか、坂道で足がついていけないほど早くなりかけた時、車とぶつかりそうになった。

そのとき、野良犬だったムク(69)が上に乗って助けてくれたのを覚えている。


毎週日曜日のお昼ご飯を食べながら、『エド・サリバン・ショー』を見るのが日課だった。

ビートルズ、ジャクソン5などが聴けて楽しかった。


父のいる日曜日は、歩いて7〜8分の中華料理店に家族で食べに行った。

帰ってから、7歳上の姉とするトランプが好きだった。

「7並べ」「神経衰弱」「ババ抜き」、それとオセロなどをしたり、漫画本を読んだりして過ごしていた。

楽しい家族であった。


家には大人の本も置いてあり、よく雑誌等に目を通していた。

その中で、とある有名人の母子家庭のお宅で、子どもに内緒で盗聴器や誘拐など犯罪に巻き込まれた時の為の備えが載っていた。

その中の話で、子どもが「アイスクリームが食べたいな」と言ったら、本当に家にアイスクリームがあったという話があった。

私は、欲しいものが魔法のように置かれているのが羨ましいのではなく、それほど子どもを守っているお母さんの知恵に惹かれた。


ある日のこと、父も母もおしゃれをして、父はヤクザ屋さんみたいな装い、母はブティックから飛び出したかと思う程目立つワンピースを着てアクセサリーをつけて、私を映画館に連れて行った。

題名は、『仁義なき戦い』。いくら子どもでも家族で行くには間違えてると思う映画だった。

帰りは、男たちはみんな肩を左右に振ってヤクザもんの歩き方をして、夜の闇の中に消えていった。


しかも私はよく、チャイナ服にチャイナ帽を被らされていた。

友好の代表?(危ないやろ)


幼稚園まで、家から1キロ弱あったが、母に教えられて一発で覚えて、次の日から一人で幼稚園に通っていた。

なでしこ組さん。


歩いて行くと、右手にパチンコ屋さんがあったが、私が成長するにつれていつしか、パチンコの「パ」の字が消えていた。

ネオン電気代の節約か、壊れているのか、初めは苦笑いしていた私たちだったが、気にしながら、その何故かが、私たち家族に飛び火するとは思ってもいなかった。


アパートから洋館に移り住んでからは、街もお城も会館も、自分の庭のように走り回って、私はローラースケートで遊ぶのが好きだった。

当時、日本で人気だったローラーゲームのチーム「東京ボンバーズ」の選手たちのように、ローラースケートを履いてぐるぐる円を回る遊びをしていた。

東京ボンバーズは1970年代に放送されたテレビ番組『日米対抗ローラーゲーム』に登場して人気を博したローラースケートチームで、迫力あるスピードとダイナミックな動きが当時の子どもたちにも印象的だった。 


幼稚園に入る前の2年程、160キロ程離れたいとこのいる海の街に一人で行かされていた。

そこではパンツ一丁で海岸線を歩き、工事現場の砂利を積んだ山を頂上まで駆け上がったり、海岸で桜貝などたくさんの貝を集めたりして、真っ黒になって遊んでいた。

日が暮れかけた頃は、堤防に座り、出入りする「サンフラワー」という船を見るのが好きだった。

「お船でどこかに行きたいな」「どこに行くのかな」と思っていた。

あのオレンジの太陽のマークを見るのが好きだった。

お腹が空いたら、暑い夏はいつもとうもろこしを食べていた。


いとこのお姉さんは、「マコはやんちゃだから」 と言って、私の体にロープを巻きつけてくれた。まるで猿回しの猿。

やんちゃぶりは、周りを心配させた。

いとこのお姉さんの家は、まるで『となりのトトロ』に出てくるような旧家で、離れには薪で炊くお風呂、奥にはぼっとんトイレがあった。

おじさんが漁師だったので、ざざっと音のする船虫入りのカゴや網があり、夏は蚊帳を張って布団を敷き、眠った。


周りの心配をよそに、私はまた父の元に帰った。

市内の中心地であるのにかかわらず、行動力は、以前にもましてすごくなっていた。

私はおじいちゃんの大きな自転車に乗ったり、ローラースケートで、町中を駆け回っていた。

会館の横の銅像の人に付けてもらったなまえ

私の名前は、物心共に恵まれず、家庭運は悪く、裁判沙汰に遭うような運勢だと書かれていた。

自慢の名前だったのに、、、。でもどこか納得した。

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