表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パピヨン  作者: ミミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

幻の時計

【4】 


決して円満な家庭に育ったわけでも、裕福な家庭でもなかった。


父と母は、今で言う共働き。

全力で働き、父はさまざまな付き合いで飲み歩く日が多く、母はキャリアウーマンを地で行く生き方を貫いていた。


朝、私の役割はカツオ節を削ること。

毎日おいしい味噌汁を飲むための、大切な仕事だった。


父は家にいないことが多く、午前様で帰ってきては土産をくれた。大好きな天津甘栗。

当時いつも持ち歩いていた、赤と白のスカートをはいたチンパンジーのぬいぐるみ。そのぬいぐるみが大好きだった私に、父は本物のポケットモンキーを買ってきたこともある。


勉強は母が見てくれた。

私はクラスのなかでも上位の方の成績だった。


昼は、いつも天やもん。

風呂は、酔った父と入ることが多かった。熱い湯に肩まで浸からされ、九九を何度も暗唱させられた。小学校三年生の頃だった。

次に父に風呂へ誘われたら、それを最後にしよう――幼いながら、そんなことを考えていた。


父は飲み屋へ行っては、クラブやラウンジの女性に気前よく金を渡した。家計が落ち着くはずもない。

私は習いたかった油絵をあきらめた。


家族の一番の思い出は、万国博覧会。

私がまだ幼稚園で、七歳上の姉が小学校高学年の頃だった。

インド館で、鏡がたくさん縫い込まれた小さなインド象の置物を買い、大切にしていた。


父からの誕生日プレゼントは、象牙の大きなオルゴール。バレリーナがくるくる回る美しいものだった。

中学校入学の時にはセイコーの腕時計も用意してくれていた。でも、その時計を腕にはめることはなかった。


父は新聞社の編集長、母は元税務署職員。


ある朝、父が弁当を作ってくれた。

銀のアルミ弁当箱に白いご飯をぎゅっと詰め、真ん中に梅干しを一粒。いわゆる日の丸弁当だった。


小学校四年生、反抗期のまっただ中。

新聞紙に包まれたその弁当が恥ずかしくて、私は父の手を払いのけ、弁当をひっくり返してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ