逃避行の章 ノクティア達の襲撃から逃れる避難民 妖精使いをリンチにする
黒く焼けた空が、夜とも昼ともつかぬ色で山々を覆っていた。
逃げる者たちは無言のまま、険しい峠を登っていく。
子を背負う女、荷車を押す老人、血のにじむ足で進む男――。
彼らの目は乾ききり、恐怖と疲労が混じり合って、もう涙さえ出なかった。
その列の中に、何人かの妖精使いがいた。
彼女らは頭巾を深くかぶり、歌を封じ、息を潜めて歩く。
自分が妖精使いであると知られた瞬間、どんな運命が待つか――もう何度も見てきたからだ。
吹きすさぶ風が、焦げた布と血の匂いを運んでいく。
そのたび、誰かがつぶやいた。
「奴ら(妖精使い)がいるから追われるんだ……」
「祈りも届かぬ、妖精を連れた者のせいだ……」
最初は小さな呟きだった。
けれど、恐怖が飢えと寒さを越えると、それは憎しみに変わる。
◆リンチの夜
ある夜、峠の途中の廃村で、人々が焚き火を囲んで休んでいた。
その中のひとり――若い女が、倒れた男の腕に刻まれた“妖精の紋”を見つけた。
「妖精使いだ!」
誰かが叫ぶ。
その瞬間、逃げる暇もなく、女は押し倒され、殴られ、蹴られ、石を投げられた。
止める声はなかった。
ルクシアとミリアが見つけたとき、女の体はもう動かなかった。
焚き火の光に照らされたその腕には、紋が血で消えかけていた。
ルクシアは立ち尽くした。
怒りではない。
絶望でもない。
その奥に、深い、冷たい“諦め”があった。
「……私たちは、もう人の側にはいられないのね」
小さくつぶやくルクシアの声を、ミリアは聞き取れなかった。
◆処刑
翌朝、峠を越えた先の谷で、ルクシア達はもう一つの地獄を見た。
小さな村が炎に包まれ、木の杭に吊るされた少女がいた。
その胸に焼きごてで押された紋――妖精使いの印。
村人たちは恐怖に震えながら、まだ燃え続ける杭を見つめていた。
「国王軍が来る前に、始末しておいた」
老いた村長が震える声で言う。
「お前たちが来る前に……また村が焼かれるのはごめんだ」
ミリアが叫んだ。
「どうして!? 彼女は何もしていないのに!」
だが、誰も答えなかった。
炎の中で焼け焦げた少女の紋が、まるで世界の呪印のように見えた。
夜。
ルクシアは燃え残った村の外れで、焚き火を見つめていた。
妖精たちは静かに寄り添っていた。
かつて歌と祝福をもたらした存在が、今は沈黙している。
――私たちは、もう祝福ではない。
――この世界に残るべきではない。
その思いが、ルクシアの胸の奥にゆっくりと根を張っていく。
ミリアが傍に座る。
何も言わず、ただ火を見つめる。
風が吹くたび、焦げた木の匂いが二人の髪を揺らす。
火の粉が宙に舞い、夜空に消える。
その一瞬だけ、ルクシアは確かに見た気がした。
――ひとひらの光が、羽を持って舞い上がるのを。
まるで、滅びゆく妖精たちの魂のように。




