ノクティアの決意
焚き火は小さく、風に煽られて不安定に揺れていた。
夜の闇は深く、森は音を呑み込んだように静まり返っている。
ノクティアはその火を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……決めた」
ヴェスペラとタキタが同時に顔を上げる。
その視線を受け止めながら、ノクティアは淡々と続けた。
「私たちのような悲劇を、これ以上生まないために。
人と妖精のつながりを、ここで断ち切る」
焚き火がぱちりと弾けた。
タキタが眉をひそめる。
「断ち切る……? それ、どういう意味だ」
ノクティアは答えなかった。
沈黙が落ちる。
風の音だけが、やけに大きく耳に刺さった。
やがて、ノクティアは顔を上げた。
「……私たちを、人と妖精のつながりの“最後”にするということ」
ヴェスペラの瞳がわずかに揺れる。
「それは……他の妖精使いを、すべて消すという意味?」
ノクティアは、静かに頷いた。
「……っ!」
タキタが立ち上がり、拳を握りしめる。
「それは一族を滅ぼすってことだろ! ふざけるな!」
ノクティアは何も言わない。
怒りをぶつけられても、その表情は揺れなかった。
ヴェスペラが一歩前に出る。
「……なぜ、そこまでしなければならないの?」
ノクティアは、しばらく考えるように目を伏せた。
そして、噛みしめるように言った。
「人は、また同じ過ちを繰り返す。
……私たちのような存在がいる限り」
焚き火の赤が、彼女の顔を歪ませる。
「私は、もう……
自分たちと同じ目に遭う者を、これ以上生みたくない」
声が、わずかに震えた。
「妖精の力は、あまりにも都合が良すぎる。
だから人は必ず、それを兵器にする。
なら、終わらせるしかない」
ノクティアは視線を上げ、二人をまっすぐ見た。
「……ルクシアも、生かしてはおけない」
その言葉に、空気が凍りつく。
ノクティアは深く頭を下げた。
「どうか……理解してほしい。
これは、私のわがままだと思う」
何度も、何度も、同じ言葉を繰り返す。
「すべてが終わったあと……
妖精使いがいなくなったあと、私たちは人から離れて生きていこうと思う」
タキタが息を呑む。
「元々、一族はそうしてきた。
妖精と共に歌い、ひっそりと生きる時代に戻るだけだ」
しばらく沈黙が続いた。
最初に口を開いたのは、ヴェスペラだった。
「……先祖たちは、そうして生きてきたわね」
彼女は遠い記憶をなぞるように語る。
「妖精と奏で、歌い、毎日を過ごしていた。
あの時代、私たちは……確かに幸せだった」
しかし、ヴェスペラの声は次第に現実へと引き戻されていく。
「でも、時代は変わる。
私たちが昔ながらの生き方を望んでも、人の世界は変わり続ける」
ノクティアの父が王であったことを、彼女は口にしなかった。
だが、全員が理解していた。
「たとえルクシアの父がやらなくても……
誰かが、同じことを考えたはず。
これからも、きっと」
ヴェスペラは静かに結論を告げる。
「妖精を守るためにも……
この時代を、終わらせるしかない」
ノクティアは、かすかに微笑んだ。
それは安堵にも、諦念にも見えた。
「これは……辛いことになる」
「殺戮者、虐殺者と呼ばれるだろう」
「その汚名を、私たちは背負う」
焚き火の炎が、まるで血のように揺れる。
「それでも、やる。
嫌なら……手を貸さなくてもいい」
「私一人でも、やる」
沈黙。
四人は、言葉を失っていた。
やがて、ヴェスペラが一歩前に出る。
「……私は、やる」
「たとえ、殺戮者と呼ばれても」
続いて、タキタが歯を食いしばりながら言った。
「……妖精使いを追えば、反乱軍に逃げるだろう」
「なら、反乱軍ごと潰せばいい」
「勝てば……妖精使いも、すべて消える」
ノクティアは、静かに頷いた。
焚き火の向こうで、闇がうごめく。
その夜、彼らはもう、引き返せない場所へと足を踏み入れていた。




