【影の間にて・ノクティアの沈黙】ルクシアに似たか何かを感じたノクティアは熟慮する
夜が落ちて久しい。
アニマエウンヴラエの居城、その中央に据えられた円形の広間は静まり返っていた。薄明かりに照らされた石造りの天井と、かすかな蝋燭の匂いだけがこの場に「時間」の存在を感じさせていた。
ノクティアは、一人丸テーブルの前に腰掛け、動かない。
指先がかすかに揺れている以外、その姿は彫像のように静かだった。
黒衣の影が蝋燭の炎に揺らぎ、瞳の奥で何かが蠢いている。
彼女の思考は深く、重く、沈んでいた。
(なぜ……彼女は、あの時、躊躇なくあんな声を……)
脳裏に響くのは、かつて聞いたことのない音の波――ルクシアの声。
それはただの歌ではなかった。力の波、理を揺らがせる震え。
自分たち――アニマエウンヴラエの五人にも植えつけられた、あの“力”の残響を感じさせる。
(同じ匂いだ。けれど……なぜか違う)
ノクティアは、恐れていた。
自分たちの過去を、傷を、力そのものを知る者として、ルクシアに潜む“なにか”に名前を与えることができなかった。
それが、苛立ちと焦燥を呼び、そして――恐れを生んだ。
その時だった。
背後から、足音。
乱暴な靴音。わざと音を立てて近づく、まるで怒りを絨毯に刻みつけるような――。
「……また考え事?」
その声に、ノクティアは動かなかった。
ただ視線をテーブルの木目に落としたまま、何も答えなかった。
「ノクティア、もう何度も言ったわよね?」
ヴェスペラだった。
紅の髪が怒りに燃えるように揺れている。
椅子を蹴飛ばすように引き寄せ、ノクティアの向かいに座る。
「なぜ、まだあの女を狙わないの? なぜ、父も娘も、今すぐ地に引きずり下ろさないの?」
声が怒りに震えているのがわかった。
「私たちは何のために、ここまで来たの? 剣を、力を、誇りを、すべてをあいつらに奪われたのよ! “今”を逃して、いつ?」
ノクティアは黙ったままだった。
蝋燭の炎が、揺れる瞳に赤く映る。
「あなたは、あの娘が気になるのよね。力が似てるから? だから殺せない?」
その声に、かすかに指先が動いた。
が、言葉は出ない。
「甘いわ。あなたらしくない……ノクティア、私たちは“実験体”だったのよ。あの国の王に、あの女の父に、ただの道具にされたの」
ヴェスペラは拳を握り、テーブルを叩いた。
重い音が広間に響いた。
「それでも、あなたは黙って座ってるつもり?」
ようやく、ノクティアが小さく顔を上げた。
その目は揺れていた――炎のように、風に揺れる小さな灯のように。
けれど、やはり口を開くことはなかった。
ただ、沈黙だけが彼女の答えだった。
「……」
ヴェスペラは苛立ちを飲み込むように息を吐き、椅子を引いて立ち上がった。
「勝手にして」
その声は冷たく、怒りをこらえたまま――刃物のように鋭く響いた。
彼女の足音が遠ざかる。扉が重く閉ざされる音が、広間に反響した。
ノクティアは一人、再び視線を落とした。
蝋燭の火が揺れ、テーブルの上に影が落ちる。
(彼女の“力”の正体を、知らねばならない……それが、鍵になる)
自分たちの過去を繋ぐ鍵。
そして、それが復讐か赦しか、どちらに向かうのか――。
ノクティアの答えは、まだ出ていなかった。
しかし、終わらせなければならない…
妖精と人とのつながりを断ち切るのだ…
たとえ悪魔と言われようが…




