ユリウス・ヴァルグレイヴ副官
場野営地の外れ、小高い丘。ルクシアと副官が戦況の確認に来ている。
風が、冷たい夜の空気を運んでくる。
副官は地図を広げ、無駄のない手つきで要所を指し示していた。
「この谷間を越えた先、敵の砦がある。
三日以内に制圧しなければ、包囲が成立しない」
その声音に、ルクシアは静かに頷く。
言葉に嘘がない。目の前の男が、どれだけの修羅場をくぐってきたか――少しずつ、わかってきた。
ふと、ルクシアは副官の横顔を見た。
薄暗い月明かりに照らされたその顔は、無表情にも見えるのに、不思議な安心感を与えてくれる。
ルクシアは大人の助けがこんなに頼もしいのだと感動すらしていた。
(副官殿がいるだけで、私は安心する。
この人は、きっと…私がなれないものを、持っている)
そのとき、彼がふとこちらに顔を向けた。
思わず目が合う。
「……なにか?」
「あっ、い、いえっ、すみませんっ!」
ルクシアは目を逸らす。頬にじんわり熱が広がった。
彼女の胸の奥で、「信頼」という名の灯に、ひとつ「憧れ」が火を灯す音がした。
夜の野営地、焚き火のそば。兵士たちは寝静まり、ルクシアだけが眠れずに起きていた。
そこに、副官が黙って腰を下ろす。
火の揺らぎが、静かに二人の間を照らす。
ルクシアは最初、声をかけなかった。
ただ副官の横顔を見ていた。
ルクシアはどうして私は、この人の隣だと……安心しすぎてしまうんだろうと思った。
それは大人に頼れるからか。
副官は口を開かない。ただ、火を見つめている。
それだけなのに――
「副官殿……あなたは、怖くないんですか?」
副官はあまりに唐突な問いに笑いながら答えた。
「怖くない兵士はいません。ただ、役割を果たすだけです(笑)」
その返答に、ルクシアは自分がなんて愚かなことを聞いてしまったのかと恥ずかしくなった。
誰より冷静で強く見えた人が、今、ほんの一瞬だけ本音を見せたような気がした。
「ルクシア様こそ今までよく耐えてこられた。それこそ敬服いたします。貴方がここにおられる。それだけで兵士の士気は上がります。そのうえ共に戦っておられる。これは最高の勇気を兵士達に与えることでしょう。」
そんな…
ルクシアは自分がいかに無力だったかを思い出していた。力を持っていてもそれでなにかを成し遂げたわけではない。でもこの人たちはそんな力がなくても大きななにかを成し遂げようとしている。
うつむきながら思わずルクシアは拳を膝の上でぎゅっと握っていた。
「ルクシア様そろそろお休みになってください。」
ルクシアは顔をあげて火の灯りの中で、そっと副官の横顔を見つめた。
この人は大人なんだ…
静かに、静かに、自分でも気づかぬうちに誰かを頼りたい、助けてほしいという気持ちが大きくなっていた。やがてそれは「憧れ」になりやがて別の名になっていく。そんな最初の変化だった。




