『音の記憶』街の酒場で演奏するルクシア達
酒場〈風車亭〉の扉は今日も客を送り出す。
夜の喧噪が渦巻く中、舞台に上がる五つの影。ルクシアとミリア、リレア、フェルヴィア、そしてセレナ――彼女たちは、互いに視線を交わし、わずかに微笑む。
「いきましょう。今日も、わたしたちにできることを」
ルクシアのささやきとともに、最初の音が、静かに、けれど確かに空気を震わせた。
――歌が始まった。
ルクシアの声は透明な糸のように空間を満たし、ミリアの弦が静かにその旋律に寄り添う。リレアの笛が風のように流れ、フェルヴィアの打楽器が鼓動を重ね、セレナの低い調べがそれを包み込んだ。
客たちは最初こそ酒と笑いに夢中だった。
しかし、ひとたびその音に触れると、皆、動きを止めた。妖精の加護を持つ少女の歌声は、聴く者の心を洗い流すようだった。
次第に一人、また一人とルクシアの方へ顔を向ける。
演奏が終わると、静寂を破るように拍手が湧き上がった。
「……なんて歌声だ……」
常連の男が、涙をぬぐいながら呟いた。
「……亡くなった娘を思い出したよ……あんたの歌を聴いたら……心が軽くなった……」
その夜、誰もが――
泣き、笑い、心を震わせた。
「これは……奇跡か……?」
誰かが呟いた。
だが、それは奇跡ではなかった。
それが、音の妖精たちの本来の力だったのだ。
癒し、慰め、勇気づけ、魂を救う。
それが、音の妖精の原初の姿――武器ではなく、祈りの化身。
そしてその歌は、彼女たちの中の何かをも目覚めさせていた。
ルクシアの瞳に、ふと影が差す。
(こんなふうに、歌っていたいだけだった……)
誰も殺さず、ただ歌とともにあればよかった。
だけどそれはもう、過去の夢。
ルクシアは、ふと観客の中に妖精の残光を見る。
彼らが微かに首を振っている。
――違う、これは本来あるべき姿ではない。
彼女たちが背負わされた「兵器」としての宿命が、静かに歌の裏に浮かび上がる。
(このままずっと歌えたら……だけど、わたしたちは……)
終わりが近いのだ。
それを、音の妖精たち自身が知っていた。
最後の曲が終わったとき、酒場はしん……と静まり返った。
一瞬の沈黙ののち、割れるような拍手と歓声が湧き上がる。
「ありがとう!」
「また聴きたい!」
「よかったよ、嬢ちゃんちゃんたち!」
誰もが惜しみ、誰もが感謝していた。
だけどルクシアは、ふと胸を抑える。
(歌は、もう……二度と…)
消えてゆく前の最後の灯火のように――
この夜だけは、永遠になるのだった。
その日から、酒場は彼女たちの歌声を目当てに人が集まるようになった。




