セレナ
森の奥深く、小さな古びた小屋がぽつんと佇んでいた。
朽ちかけた屋根、風に軋む木の戸、煙突からはわずかに白い煙が上がっている。
その前で、ルクシアとミリアが立ち止まった。
ミリアは周囲を警戒するように目を細め、小屋をじっと見つめた。
やがて、彼女は一歩前へ出る。
「ルクシア様、私が最初に会ってきます。ここでお待ちください」
その声には鋼のような意志があった。ルクシアの安全を第一に考えた、従者としての当然の行動。しかし──
「いいえ、ミリア。私が行ってきます。これは、私の責任ですから」
ルクシアはそう言って静かに微笑んだ。その表情には強い決意と、どこか世間知らずの純粋さが宿っていた。
「相手がどんなやつかまだわかりません」
ミリアの声は低く、険しかった。
「ミリア、私たちは同じ仲間なのです。力を授けられた。……そうでしょ?」
ルクシアはふわりとした笑みをたたえながら、まるで子どもを諭すように言った。
「なにも気にすることはありません」
そのやさしさに、ミリアは口をつぐむしかなかった。
だが──その様子を、小屋の中からじっと見つめる視線があった。
暖炉の奥の影に潜む女の瞳。まるで深い冷水のように、感情を持たない静けさで、ルクシアたちを射抜いていた。
セレナである。
ルクシアは小屋の扉に歩み寄り、戸の前で一瞬だけ小さく深呼吸をすると、ゆっくりと右手を上げ、ノックした。
コツ、コツと硬い音が森に溶ける。
「……私たちは、怪しい者ではありません」
「私は──、ゆえあって……セレナさんにお会いしたく、参りました……」
言葉をつむぎながらも、ルクシアの声にはわずかに緊張が混じっていた。だが、それでも毅然としていた。
もう一度ノックしようとしたその瞬間──
**ギィ……**と重たい音を立てて、扉がゆっくりと開いた。
中から現れたのは、マントに身を包んだ少女。鋭い視線、冷たい頬。顔の大半はフードに隠れていたが、その目だけははっきりと、ルクシアをとらえていた。
「……私が、セレナですが。あなたは……?」
その問いに、ルクシアは思わず一歩だけ後ろに下がった。胸に手を当て、深く頭を下げる。
「──私は、ルクシア・カエレスティア・レグナリアと申します」
その瞬間、セレナの瞳がわずかに見開かれた。
そして、思いもよらぬ仕草で──彼女はその場に膝をついた。
「……なんということでしょう。かのレグヌム・カエレスティスの王女様が、私のような者のもとを訪れてくださるとは……」
「ようこそ、お越しくださいました。ルクシア・カエレスティア・レグナリア殿下──心より、感謝申し上げます」
その言葉遣いは丁寧で、礼節に満ちていた。だがその声の底にあるもの──どこか芝居じみた温度の低さに、ミリアは眉をひそめた。セレナの口元が笑っているようにすら見えた。
そして次のセレナの言葉に、違和感をさらに強くする。
「……殿下が訪れるのは、もしかすると、いつかと思っていました」
あまりに落ち着いた反応。まるで、すべてを予期していたような口ぶり。
ミリアの目が鋭くなる。
セレナは扉を大きく開き、柔らかな手振りで二人を中に迎え入れる。
その笑顔には、仄暗い影が差していた。




