《焔と祈り》
夜の森。
焚き火の炎が、ルクシアの蒼白な顔を赤く照らしていた。
「……私は、克服する」
彼女はそう言って、枝をさらに焚べ、炎を大きく燃え上がらせた。
「ルクシア様、やめてください!」
ミリアが慌てて手を伸ばす。だがルクシアは振り払うようにして、炎に視線を固定した。
「……もし私が倒れそうになったら……殴れ」
「えっ……!」
「何度でも、殴ってでも、私を火から逃がすな……!」
その言葉は必死だった。震えて、泣き出しそうで、それでも自らを追い詰めていた。
そして次の瞬間、炎の揺らぎがルクシアの瞳に映り込む。
「……っ!!」
彼女は身体を硬直させ、喉の奥から悲鳴をあげる。
「いや……いやだ……!」
ルクシアの視界には、焼け落ちた離宮の赤と黒が蘇っていた。
燃え盛る天井、崩れ落ちる柱。
その中で小さな自分を押し潰すように迫ってくる炎の記憶――。
「ルクシア様っ!」
ミリアは心を鬼にして、その頬を強く叩いた。
ぱん、と乾いた音。
「……目を開けて!逃げないで!」
涙に濡れたルクシアの瞳が、一瞬だけ炎に向き直る。だがすぐにまた逸らそうとする。
そのたびに、ミリアの平手が飛んだ。
「強くなってください!あの日の殿下を取り戻すために!」
「逃げないで!……お願いです!」
泣き叫び、暴れて逃げようとするルクシアを、ミリアは必死に押さえつける。
二人の影が焚き火の赤に揺れて、夜の森に響き渡った。
――やがて。
ルクシアは疲れ果て、声も出せず、焚き火のそばにへたり込んだ。
その肩は小さく震えていたが、もう逃げ出す力もなかった。
ミリアもまた、息を荒げ、汗に濡れた髪をかき上げながら、隣に腰を下ろした。
炎の音だけが、静かに二人を包む。
しばらくして――ルクシアはそのまま眠りに落ちた。
涙の跡を残した横顔は、ただの少女にしか見えなかった。
ミリアは、その寝顔を見つめながら心の奥で囁いた。
(……あの日の殿下に、戻ってほしい……)
父と母と共に劇場で聴いた祈りの歌。
舞台の上で輝いていた少女の姿。
それが、自分にとっての幸せの象徴だった。
だが今、目の前にあるのは、復讐に囚われ、炎に怯える姫の姿。
もう昔には戻れない。
だからこそ、彼女に歌を取り戻させたい――その一心で、剣になると誓ったのだ。
(どうか……もう一度、歌える日が来ますように……)
焚き火の残り火がぱち、と小さく弾けた。
ミリアは背筋を伸ばし、眠るルクシアを守るようにその場に座り続けた。
祈りにも似た決意を胸に抱きながら――。




