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灰の城

炎の海が、夜を赤く染めていた。

高くそびえていたはずの城壁は、すでに半ば崩れ落ち、燃えさかる塔の残骸が黒煙の中に溶けていく。火の粉が、雪のように舞っていた。だがその雪は、白ではない。黒く、赤く、焦げ付き、静かに死を告げる灰だった。


城門前の広場。そこには人の姿などなかった。

あるのはただ、黒焦げとなった無数の死体。

身体の形をとどめたものは少なく、大半は既に炭のように崩れかけ、骨の一部だけが、痛ましいほど鮮明に地表へ露出していた。


その地獄の中を、五つの影が静かに進んでいた。

焔を背に、ゆっくりと、迷いもなく、こちらへ向かってくる。

衣も肌も、まるで夜そのもののように黒い。髪も瞳も、炎を受けても反射せず、まるで音のない虚空のように沈黙していた。

手には討ち取った首を下げて…


 


森の中、小さな岩の窪みに一人の少女が身をひそめていた。

震えている。身体は痙攣のように小刻みに動き、指先は何度も石を掴み損ねては、土をひっかいている。裸足の足裏は、泥にまみれ、血が滲んでいた。


だが──

彼女の瞳は、ただの恐怖に染まってはいなかった。


それは怒りだった。

怒りのあまり、瞳が充血し、瞼は一度たりとも閉じられない。

彼女は、焼け落ちていく城を、影の五人を、その全てを、焼きつけるように見た。

憎悪と悲しみが混ざり合い、言葉にならない音が喉の奥でくぐもっていた。


その声が漏れることはなかった。

ただ、震えるその眼差しがすべてを語っていた。

彼女は目に炎と5つの影を焼き付けた。

──私は、見届ける。

──この光景を、永遠に忘れない。

 

時が経った。


夜明け前の灰の城。

崩れ落ちた焼け跡を、彼女は彷徨っていた。

すでに何日も眠っていないその目は、爛れたように腫れ、唇は乾いて血をにじませている。

ドレスの名残はもはやない。ただの黒い布きれ。

肌には煤と血がこびりつき、裸足の足裏は火傷と破片で真っ黒だった。


何かを探している。

必死に。狂ったように。死体の山をかき分け、炭化した腕や顔を躊躇なく掴み、積み上がった瓦礫の中を這いずる。


まるで死人に縋りつく亡者のように、彼女は掘り続けた。


そして──

彼女の指が、ひとつの炭化した手に触れた。


握られていた。

小さな、黒ずんだ、焦げたままのオブジェ。

音のない世界で、かすかに共鳴しているそれに、彼女は手をのばした。


震える手でそれを受け取ったとき、彼女の表情が崩れた。

掴んだまま、その炭と化した亡骸にすがりついた。

それはもう、誰だったかもわからないほどに形を失っていた。


「……ぁ、あああ……あぁあ……ッ」


喉を切るような嗚咽が漏れた。

ルクシアの身体は、まるで糸が切れたように崩れ落ちた。

抱きしめた死体は、脆く崩れ、骨が露わになっていく。


それでも彼女は、手を離さなかった。

崩れていく遺骸に、顔をうずめ、泣いた。

何も守れなかった自分を責めるように。

全てを奪われた怒りを、声なき音に変えるように。


やがて、倒れた少女の肩が、遠くから見える位置に浮かび上がった。

嗚咽に揺れるその小さな背中が、夜の終わりを震わせていた。


 


──それが、すべての始まりであり終わりだった。


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