炎の離宮
夜の離宮は、宴の最中だった。
華やかな装飾と華やかな装いの人々。
優雅な調べが全てを包む。
その中心には一人の少女。
透き通る白い頬がピンクに染まっている。
それは歓びの証。
その歌声は人々の会話も途切れさせるほどに人々の心を魅力する。
透き通って切れ味の鋭い剣先をも震えさせる高い声…
かといって冷たいわけでもない、温かい。
少女の歌声が終わり大きな拍手が離宮の外にまで響き渡っていった。
その拍手が終わりかけた頃再び歌声がどこからか流れてきた。
そのとき――
歌が、聞こえた。
最初は、微かな耳鳴りのようだった。
旋律とも言えない、不規則で不快な音の重なり。
だがそれは次第に会場の人々を襲い始めた。
不快感が、自然と湧いてくる。
理由もない恐怖が理屈を越えて全身を締めつける。
次第に体が言うことをきかなくなる。
声を上げることすらできない。
楽しい会話が途切れ途切れになり始めた。
辺りは次第に静寂に包まれていった。
恐怖と共に。
その空間は暗い。
燃える明かりだけが五つ。
なにかを照らしていた。
その前に男は立っていた。
「さあ、時は来た…今から私に新しい世界を見せてくれ…新しい時代が来るのだ…」
そういうと男は短剣のようなものを手に取った。
それは剣というには鋭さもどこにもない。
黒くく澄んだもの。
男はそれを目の前の、明かりに照らされたものに近づけていた。
その黒いもの…黒い布に覆われていたもの。
それにゆっくり近づける。
どうするのか。
先端が布に触れる。
男はそこで思い切り差し込んだ。
一瞬布が揺れる。
なにか聞こえたような気がした。
男は次々と同じことを。
5回繰り返した。
黒い布のものは5個そこにあった。
「さあ、今こそ積み上がった思いをはらすのだ…そして世界を変えろ…支配しろ…」
男はなにかを言葉にしていた。
五つの黒い布は動き出していた。
するとどこからか声…それも歌声のようなものが聞こえてきた。
男の顔に汗が噴き出す。
目を見開き下をみていた。
「そうだ!それを待っていた!歌え!続けろ!」
その歌声は五つあった。
それぞれ違う音階と旋律、
異なる声色。
それは人の歌声には違いはなかった。
ただ違うのは、5個の布から発せられていたその声は、また別の五つをうみだしていた。
それは一瞬神々しく愛らしい姿を見せた、
それはほんの一瞬。
しかしそれが幻であったかと思わせるには十分だった。
目の前にあるのはその幻とは違う。
黒く鈍く光る物体。
腕のようにもみえるし、触手にもみえるものを2本持ち、ゆらゆらとそこに漂っていた。
似たようなものが他にも漂っていた。
五つの歌声が一瞬高まった。
するとその五つの黒いものは動き出した。
男はそれをみていた。
「さあ、行け!いってお前たちの力を見せてやれ!」
男はそう叫ぶとどこかへ暗闇の中、消えていった。
白い回廊を渡る風の音さえ、どこか遠慮がちに聞こえるほどの静けさだった。
闇の中から、五つの影が現れる。
黒い衣装、深く被ったフード。
顔は見えない。
ただ、そこに立つだけで、周囲の空気が凍りつくようだった。
彼らの頭上に、異様な存在が蠢く。
それは「妖精」と呼ぶには、あまりにも醜く、歪んでいた。
骨と影を無理やり繋ぎ合わせたような異型の化け物。
その身体の奥から、歌声に似た音が漏れ出している。
その声が、形を持つ。
炎となり、全てを飲み込む。
剣となり、逃げ惑う者を貫く。
毒の霧となり、触れたものすべてを蝕む。
衛兵達は
なにも気づかずうちに次々と倒れていった。
それは次第に密かに広がっていた。
最初は気分が悪いといって休んでいた人も、次々と倒れ、会場は騒然となった。
そして離宮は、瞬く間に地獄と化した。
美しかった白壁は炎に染まり、
叫び声は醜悪な歌にかき消され、
人々は次々と倒れていく。
焼かれ、
毒に侵され、
刃に倒れ、
見えない力に押し潰される。
五人は、何も語らない。
ただ、妖精の歌だけが響いていた。
恐怖の歌声が、さらに強まる。
「さあ…これからだ…」
五体…いやもう5人というべきその存在は醜悪な歌と異型の怪物とでもいうべき存在はその持つ能力を存分に発揮した。
離宮は炎と共に崩れていった。
5人はなにかを探しているような仕草をしていた。
倒れている人の顔を一つ一つ見ている。
そしてついになにかを見つけた。
5人はその見つけられた人物の周りに集まってきた。
黒いフードの中でわずかに光るその目は血走り見開かれていた。
5人はなにか言葉を発していた。
そのあとは各々剣をその人物に突き刺していた。
「己の血でこの罪を贖え…」
「これで世界を終わりに…」
「全てを消し去る…」
「これが終わりだ…」
「汚れた者め…」
離宮は燃え、
王は失われ、
そしてこの国の運命は、静かに、しかし確実に狂い始めた。
歌が、聞こえた。
それは美しさとは無縁の旋律だった。
音が重なり合い、歪み、耳の奥を引き裂くように響く。
その旋律は崩れ落ちる離宮を包む炎の中で続いていた。
五体の妖精は、
それぞれ異なる歌を奏でながら、
五人の主の頭上で蠢いている。
その歌が重なったとき――
世界は、逃げ場のない悪夢へと変わる。




