心の傷の炎
2人のミリアの故郷への旅は続いていた。
ミリアは意気揚々としていた。
今はルクシアと二人きり。
それも故郷に向かう旅。
「ねえ、ミリア…あなたの故郷はどんなとこ?」
ルクシアが話しかけてくれる。
それも自分に興味を持ってくれる。
それだけでうれしかった。
だが一方でルクシアは自分の無力さに打ちひしがれていた。
あの時もなにできずにいた。
ただ怖かった。
ミリア一人に全てを負わせて。
ミリアの明るさと元気さが救いだった。
それに合わせていれば、なにも感じなくて済むから。
ただ夜は嫌だった。
未だに火が怖い。
気持ちを落ち着けようとしてもどうしても…
でもそこからは逃げられない。
夜の森。
焚き火の炎が、ルクシアの蒼白な顔を赤く照らしていた。相変わらず火からは少し背を向けていた。
「ルクシア様…少し寒いですから、もう少しお近くに…」
ミリアのこの言葉を何度聞いたことだろ…
もう逃げてはいけない…
「……私は、克服する…」
「え…」
彼女はそう言って、立ち上がり枝をさらに焚べ、炎を大きく燃え上がらせた。
「ルクシア様、やめてください!」
ミリアが慌てて手を伸ばす。だがルクシアは振り払うようにして、炎に視線を固定した。
「……もし私が倒れそうになったら……殴ってもいい!」
「えっ……!」
「何度でも、殴ってでも、私を火から逃がさないで!」
その言葉は必死だった。震えて、泣き出しそうで、それでも自らを追い詰めていた。
そして次の瞬間、炎の揺らぎがルクシアの瞳に映り込む。
「……っ!!」
彼女は身体を硬直させ、喉の奥から悲鳴をあげる。
「いや……いやだ……!」
ルクシアの視界には、焼け落ちた離宮の赤と黒が蘇っていた。
燃え盛る天井、崩れ落ちる柱。
その中で小さな自分を押し潰すように迫ってくる炎の記憶――。
「ルクシア様っ!」
ミリアは心を鬼にして、その頬を強く叩いた。
ぱん、と乾いた音。
「……目を開けて!逃げないで!」
涙に濡れたルクシアの瞳が、一瞬だけ炎に向き直る。だがすぐにまた逸らそうとする。
そのたびに、ミリアの平手が飛んだ。
「強くなってください!あの日の殿下を取り戻すために!」
「逃げないで!……お願いです!」
泣き叫び、暴れて逃げようとするルクシアを、ミリアは必死に押さえつける。
二人の影が焚き火の赤に揺れて、夜の森に響き渡った。
――やがて。
ルクシアは疲れ果て、声も出せず、焚き火のそばにへたり込んだ。
その肩は小さく震えていたが、もう逃げ出す力もなかった。
ミリアもまた、息を荒げ、汗に濡れた髪をかき上げながら、隣に腰を下ろした。
炎の音だけが、静かに二人を包む。
しばらくして――ルクシアはそのまま眠りに落ちた。
涙の跡を残した横顔は、ただの少女にしか見えなかった。
ミリアは、その寝顔を見つめながら心の奥で囁いた。
(……あの日の殿下に、戻ってほしい……)
父と母と共に劇場で聴いた祈りの歌。
舞台の上で輝いていた少女の姿。
それが、自分にとっての幸せの象徴だった。
だが今、目の前にあるのは、復讐に囚われ、炎に怯える姫の姿。
もう昔には戻れない。
だからこそ、彼女に歌を取り戻させたい――その一心で、剣になると誓ったのだ。
(どうか……もう一度、歌える日が来ますように……)
焚き火の残り火がぱち、と小さく弾けた。
ミリアは背筋を伸ばし、眠るルクシアを守るようにその場に座り続けた。
祈りにも似た決意を胸に抱きながら――。




