優しさの種が芽吹くとき
ある日の午後、訓練後の小休憩。
ミリアは一人、石畳の庭に座っていた。剣の鍛錬に疲れ、息を整えていたその時――
「……ここは日陰で冷える。これをかけておけ」
そう言って、辺境伯が無言で外套を彼女の肩にかけた。
「えっ……あ、ありがとうございます……!」
「ミリア、よくがんばったな。あいつの修行によく耐えた。えらいぞ。私にはそれがよくわかる。悲しみに耐えてよくがんばったな。」
「……」
ミリアには辺境伯がなにを言いたいのかがわかった。
両親は優しかった。
生きていればたぶん私はここにはいなかった。
ただ祖父が怖かった。
それだけだから。
それでも今はこうやって私のことをわかってくれる人がいる。
たとえ望んで身につけた力じゃなくても認められてよかったと思った。
望んで持った力じゃなくても誰かのために役に立てればそれでいいと思った。
そうだ!この力はルクシア様のために使うのだ。
ルクシア様を守るのだ。
そしてルクシア様に喜んでもらうために。
もう一度あの時のように王宮に立っているルクシア様のあの優しい歌声を聴きたい。お父さんとお母さんと聴いたあの声を。あの歌を。
ミリアはあの幸せな時を心に思い出していた。あの時に戻りたい…
そこにはミリアの唯一の幸せがあった。
「ありがとうございます。必ずお役に立ってみせます。」
驚いたミリアは立ち上がりかけて、すぐに姿勢を戻す。辺境伯は何も言わず、そのまま去っていった。
ミリアは膝の上で両手をぎゅっと握りしめた。
(怒られると思ったのに……怒らなかった)
数日後――。
「お前の構え、だいぶ安定してきたな。筋がいい」
稽古の合間、辺境伯がふと呟いた言葉に、ミリアは目を見開いた。
「……あ、ありがとうございますっ」
声がひときわ高くなった。
辺境伯はちらと視線をやったが、何も言わず背を向けた。
その夜、ミリアはルクシアにこっそり囁いた。
「……辺境伯様、ちょっとだけ、怖くないかも」
「そう。それはよかったわ」
ルクシアは、まるで妹の成長を見守る姉のように微笑んだ。
そして翌朝。
訓練場に向かう途中、ミリアはそっと辺境伯の後ろを歩きながら、勇気を出して声をかけた。
「おはようございます、辺境伯様」
辺境伯は振り向きもせず、「うむ」と短く答えた。
けれどその声は、確かにどこか――優しかった。




