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リリース判定

 時間が進むのがさらに速くなる。それから二週間、それはほんの二、三日の出来事のようだった。毎日、進捗会で変化が伝えられ、微細なバグを見つけるのも直すのも早い。やるべきことはただちに終えられた。

 シオヤとユキたちの作り込みが終わり、ナダイケの試験が始まる。試験は基本はナダイケだけで作業できるが、私はそれに付き合った。試験は滞りなく進み、最終試験は二日目の夕方に終わりを迎える。

「全項目完了ですね。全項目合格、お疲れ様でした。」

 試験項目表のチェック欄を全て埋め終えると、私はナダイケに感謝を込めて言った。ナダイケはいつも通りの穏やかな口調で返事をする。

「最後まで付き合ってもらってありがとうございました。」

「いえ、とんでもない。」

「すいません、あと一つだけ試験やってもいいですか?」

「何か気になるんですか?」

 ナダイケはまだ納得していないのか、嫌な予兆でもあるのか、私は少しだけ鼓動が上がった。

「いえ、今朝、シオヤさんから連絡きてましたよね?」

「ああ、今度こそ最後だって、パターンの追加がありましたね。」

 ナダイケの指摘で私は思い出した。シオヤが間際で追加してきた試験パターンがあったのだ。システムの新たな作り込みで、テストについて何か閃いたらしい。

「一番処理に時間がかかるはずの入力データだと、シオヤさんが言ってますから、これも今やっておきたいんですが、いいですか?」

「すいません、見逃してました。もちろんいいですよ。シオヤさんも性能がよくなったもんだから、余計なことに力を使っている。」

「はは、そうかもしれませんね。モンキーテストで試験パターンを作るのがよっぽど楽しかったでしょう。この試験パターンも、入力から出力までの全てにおいて一番厳しく調整できた、と喜んでました。」

「あの人は凝り性ですからね。」

 私は半分呆れていたが、ナダイケの方はシオヤ同様に楽しんでいるようにも思えた。シオヤの注釈によれば新しい試験パターンは、セキュリティIDとネットワークIDの配合が絶妙らしい。

「では、入力から出力までの一連で、この試験パターンを入れてみますね。」

 いつの間に準備をしていたのか、その結果もすぐに完了、結果は順調だった。

「37秒133。問題ないですね。」

「他の試験パターンより時間はかかりますが、完了時間は全く問題ない範囲ですね。」

「はい。」

 やはり性能の大幅向上は間違いない。私はようやく安心した。

「ところで、前のプログラムと比べると何倍なんでしょう?」

 どれだけ性能が上がったか比較対象があった方がいい、ふと思って私は言った。

「前のシステムならたぶん10秒ちょっとで遅延が始まってしまうと思いますが。」

「遅延が始まる前までの処理数で比較できるんじゃないですかね。二つのシステムの性能差も計測しておきたいので。」

 もう試験は山を越えていたので、お互い気持ちは軽くなっている。私の提案をナダイケは気軽に引き受けた。

「分かりました。明日の進捗会が最終確認会を兼ねますからね。細かい数字も整えたかったので、ちょうど良いです。切り替えますのでちょっと待って下さい。」

 それから数分後、私たちは沈黙した。以前のシステムでの確認を始めたところ、入力開始直後に全データシステムが停止したのだ。

「状況が分からない。とにかくしっかり調べてみましょう。」

 その言葉をきっかけに、ナダイケと私はそれぞれにシステムに何が起きたかを確かめていく。

「12秒735、それ以降、全く入力データを受け付けていないですね。システムの応答は全くなし。登録失敗に認識して再登録が実行される。処理が増え続けて機能不全になったんだろうな。システム停止がもう3分以上も続いています。」

「内部で不整合が起こっている。データ登録が増えている、もうシステム全体のダウン寸前だ。確認コマンドの返事も危ない。一旦、再起動してログから調べるしかないですね。」

 その後の調査で、システム内部で登録データの破壊が行われ、その破壊の負荷でシステム全体でさらに混乱が起きていたことが分かった。登録データを破壊するのは、通常の問題より数段立ちが悪い。運用中だったら重要な問題である。

「これは・・・、つまりは致命的なバグってことですかね。」

「・・ええ、そうなりますが、もう一度試してみましょう。」

 すぐにシオヤのテストパターンを何度も繰り返したが、結果は何一つ変わらなかった。システムの動きとログを照らし合わせても、結果が示すものは同じである。

「システムの全停止、登録済みデータの欠損発生・・で、間違いないですね。」

「はい。」

「・・・。」

「・・もし、このバージョンでリリースしていたら、大変なことになっていましたね。タイミングによって発生するなら、いつかは大問題に発展するでしょうから。」

「まあ、ちょっと温かいものでも飲みましょう。なんだか疲れた。」

 一呼吸つくと、もう一度だけ試験結果に間違いがないかの確認をする。全システムの停止、これは完全に再現されていた。

「ミヤマさん、あなたの判断は正しかったですね。あの時、作り直していなかったら大変なことになっていた。」

「いや、それで全く喜ぶ気にはなりませんよ。」

 今回はたまたまだ。でも、いつも何か恐れてやってきた。恐れるには想像力が必要だし、想像力は無限に広がるから、その範囲を決めておく。そうしてやってきた結果だった。ただ、それだけのことだ。

 

 次の日の進捗会。メンバー全員で、今日までの成果を確認する時間だ。私は最初にナダイケを皆の前まで呼んだ。

「昨日までで試験はぜんぶ終わっているんですが、せっかくですから全員で結果を見ようと思いまして、今日はナダイケさんから報告をお願いします。」

 私はそれだけ言うと席に座る。試験結果の報告はナダイケに任せていた。

「はい、社内での最終試験と同じ環境です。見慣れている方も多いかと思いますが、こちらに測定結果を出します。緑色の横軸が入力時間、縦軸が登録された時間です。このポイントの並びが横になるほど登録が遅く、直線に沿っていないと処理時間にムラがあります。」

 ナダイケの説明は淡々と続き、一同は安心した顔でそれを聞いている。

「この試験パターンは特別製です。入力と同時に出力命令も出しています。とりわけ負荷が高く、さらに入力と出力のタイミングが最悪になるように調整されています。」

「私が作ったデータだな。」

 嬉しそうにシオヤが言った。

「はい、『シオヤさんの意地悪データ』と僕は呼んでいます。」

 そのナダイケの返事で、場に笑いが起こる。

「最終試験でも『シオヤさんの意地悪データ』をいくつか使いました。そして昨日、『シオヤさんの意地悪データ』の中でも最も性能が高いというか、負荷がかかるバージョンが届きました。ある意味、最強の試験パターンですので、この結果で皆さんに見てもらいます。始めますね。」

 再びナダイケの操作によって試験が始まった。表示されていたグラフがラインを描き、縦側の色が塗られる。かなり急な傾きだ。

「いいじゃないですか。」

「ああ、なかなかですね。」

 そこかしこで歓声が上がる。ナダイケは横軸を差し示しがら、さらに解説をした。

「まもなく30秒、性能要件的にはあと30秒以内に処理が終わらなければいけない。それに重要なのは、この角度が時間が経過しても変わらないこと、データ登録処理が安定しているかですが、見たところ順調です。」

 ナダイケが言葉を一度切ったのを見計らったように、グラフの更新が止まり、データ登録が完了した。

「登録完了です。」

 ナダイケが静かにそう言うと、歓声と拍手が湧き上がった。ただ、それが大きくなるより前に、ナダイケは再び声を上げる。

「あの・・じつはですね・・。」

 言い淀むナダイケの表情から何かを察したたのか、皆の拍手が止まる。一瞬、会議室が静寂に覆われた。ナダイケはゆっくりと言葉を続ける。

「・・三週間前に完成したバージョンでは、処理を始めて12秒後に、データシステムの全停止が起こりました。つまり、あの時、何もしていなかったら、かなり高いリスクがあったということです。」

 その意味をすぐに理解した人は背筋が凍っただろう。それが全員に感染する前に私は話をかえた。

「その話はもはや議論しなくていいでしょう。」

 全停止した原因はすでにシオヤが突き止めていた。ネットワークIDのつけかえが複雑なパターンが連続してしまうと、データベース側に影響を与えることが発見された。新しいバージョンでは、この問題が発生しない。複雑なID付け替えは最低限の回数で、同じ問題は起こりようがないのだ。起こるかもしれなかった不幸より、今は新しいものを完成を皆と共有したかった。

「ええ。あとこちらのグラフも確認してください。今回の試験で大事なのはアウトプットの出力。このデータ登録をしている最中にアウトプットした場合の時間を別にグラフに出します。」

 画面には二つのグラフが映し出された。こちらのグラフもラインが同じ角度で伸び続けていた。一瞬の沈黙、そして再びナダイケが話し出した。

「要件であるアウトプット出力はこの黄色の横線、全く問題ありません。」

「もったいつけるなよ。」

 コオオルが陽気に合いの手を入れる。コオオルも、発生することのない問題の話はしないと決めたようだ。

「よかったよかった。」

「万歳。」

 それを合図に再び拍手が湧き起こった。今度の拍手は長い間、鳴り響く。場の雰囲気が華やいだ。皆顔は明るい。私たちはやったのだ、間違いなくそう感じられる瞬間だ。

「良かったです。」

 しばらく無言だったナダイケは最後にそう言って、部屋の隅へと戻っていった。

「皆さん、お疲れ様でした。本当にありがとうございます。」

 私がそれだけ言うと、再びの拍手と歓声になる。それが収まった後に、ナナミが皆に告げた。

「本当に良かったわ。だけどまだ納品に向けてやることはあるわよね。」

「ああ、もちろん、分かっている。だけど、まあ今日は皆で讃え合えばいいじゃないか。ミヤマさん、あなたもね。」

 ナナミの言葉をコオオルが受けとって言う。その提案に私は素直に従うことにした。

「本当に皆さんのおかげです。このメンバーはやらない理由を探す人はいなかった。やり遂げられたのには、それが大きいですよ。」

「まあ、あんたは相手がやりたくないことを押し付けない。自分でやってみたがるからな。それが良かったんだろう。」

「そうですか。押し付けるのは確かに失敗すると思ってますよ。やりたくないと思うのはたぶんですね。直感的にうまくいかない、あるいは持っている技量を超えていると思うからですよ。」

 それを聞いてコオオルは私への感想を口にした。

「あんたは優しいのか、強引なのか、いつもよく分からんな。」

 それに同意したのかまわりのメンバーが皆笑う。私だけがその意味を理解できないでいた。そして後のミーティングでは、あまり細かい話はせず解散となった。リリース準備や提出する書類づくり、それは残りの日でやればいい。

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