第4話 発掘合宿に行こう!《中編》
【主な登場人物】
三好 史寧
光葉大学文学部史学科教授
子供の頃から考古学を愛し、発掘現場近くに住み込むほどの発掘好き
発掘にすべてを捧げすぎて私生活がまるでダメな41歳の男
シャムス・アシャクール
光葉大学文学部史学科1年生
わけあって三好と暮らしている
幻の遊牧民族といわれる《アシャクール族》の18歳の少女
青柳 陽子
光葉大学文学部日本文学科2年生
オープンキャンパスで三好に一目惚れして下心全開で勉強会に入った
可愛いものとおしゃれが好きな、いまどきの大学生
茂木 渉
光葉大学院史学科宗教史専攻2年
三好の人柄に救われたことがあり敬愛している
真面目で控えめな性格だが、神話好きで研究には人一倍情熱がある勉強会リーダー
杉崎 かなめ
光葉大学院史学科日本史学専攻1年
長い黒髪が特徴的なナイスバディな美女
どことなく投げやりなところがあるが、歴史ロマンと三好のことは好きな様子
草壁 明彦
光葉大学政治経済学部国際政治学科2年
大学一偏差値が高い国政学科のエリートで本人もそれを自負している
発する言葉はどこか刺々しく口数も少ないが、それには理由があって……
榎田 想介
光葉大学社会学部社会学科2年
三好の授業がおもしろかったから、という理由だけで勉強会に来た陽キャ
人見知りせず一瞬で仲良くなれるスーパースキルを持っている
発掘現場は宿から車で15分ほどの場所にあった。山の麓の平らな土地で、少し離れたところに川が流れている。
一日中蒸し暑い東京とは違って飛騨高山の朝は涼しい。朝霧が地表に落ちて、あたりは湿った土と青々とした草の香りで満ちている。朝8時、車から降りた勉強会メンバーは皆、あくびをしたり大きく伸びをして深呼吸したりしていた。眠気で淀んだ肺に、新鮮な空気が静かに滑り込んでいく――
「おはよう、若人諸君!」
ビリビリと振動を起こすほどの大声が響いた。十河だ。近くにいた小鳥が驚いて飛び立つ。静かな朝の雰囲気に浸っていた皆は一気に目が覚めたようで、目を見開いたまま固まっている。
「おはようございます!」
三好が元気に返すと、皆も慌てて挨拶をした。
「僕たちに任せてもらえる現場はここですか?わあ!まだ表土剥ぎもしてない、まっさらな現場じゃないですか!」
三好が目を輝かせて駆け寄った場所は、テープで囲われている以外には何の変哲もない空き地だった。
「ああ、せっかくなら最初から工程を見せてやろうと思ってな」
そう言って笑うと、ここもやらなきゃいけなくなったからちょうどいいんだ、と十河は頭を掻きながら地図に目を落とした。すぐ隣の土地も発掘現場らしく土が掘られている。剥いだばかりのブルーシートを畳みながら、十河が顎でそこをしゃくった。
「こっちはお盆前にボランティアさんたちと掘ったところだ。住居跡が出た。堂之上遺跡と同じくらいの年代と見てる。うまくすれば、お前たちも住居跡とか土器とか見つけられるかもしれねえぞお!」
歯を見せて楽しげな十河の笑顔に、皆の目にじわじわと期待が満ちる。
「杉崎先輩。この気温ならそんなに汗かかなそうだし、もう少しきっちりメイクしてきてもよかったんじゃないですか?」
今日の行程を確認するために十河と話している三好をチラチラと横目で見ながら、青柳が杉崎を肘でつつく。いつもより控えめなメイクを施した顔を隠すようにキャップを深く被り直した。
「これだから初心者さんは……作業が始まったらすぐ汗だくになるわよ?眉ティントにもあたしにも絶対感謝するから」
杉崎は慣れた様子で髪を低い位置で束ね、首と頭に手拭いを巻くとヘルメットを装着した。青柳が視線を動かした先のシャムスと茂木も同じように首と頭に手拭いを巻いている。
「あんたも帽子脱いで早くヘルメット被りなさい。草壁と榎田も」
ハイエースの荷台からとってきたヘルメットを手慣れた様子で配っている杉崎に、三好が手招きをした。一言二言話すと杉崎は現場の奥へと歩く。
「じゃあ早速、発掘の最初の工程を説明するね」
テープで囲われた場所の真ん前へ移動すると、三好の説明が始まった。
ただの空き地が発掘現場に変貌する第一歩となる作業が「表土の掘削」だ。現在表土となっている現代の層の土を掘り、遺構があるだろう地層の手前まで掘り下げる。
「表土剥ぎは人力でできないわけでもないんだけど、かなりの広さと深さを掘るから文明の利器に頼ることがほとんどだよ。じゃあ杉崎さん、お願いできるかな?」
三好が口元に手を当てて呼びかけると、それに答えるようにエンジン音が鳴り響いた。簡易倉庫の奥からゆっくりと泥塗れの重機が姿を現す。ユンボだ。その運転席には――
「えっ、杉崎先輩!?」
一番に気づいた青柳の言葉に、草壁と榎田が目を丸くする。気怠げでセクシーなお姉さん的存在が、ヘルメットを被って手拭いを首に巻いた状態で重機に乗って登場したのだ。大学内での杉崎しか知らない者が見たら間違いなく驚く光景だろう。
「実家、土建屋なの。お箸を持つより先にこれに乗れるようになってたわよ」
「しゃ、社長令嬢ってこと!?」
「えー!杉崎先輩かっこいい!」
意外なプロフィールに榎田と青柳が驚嘆の声をあげる。
「すごいでしょ!杉崎さんは重機だけじゃなくて車の運転もうまいし、計器や道具の扱いも本当に上手なんだよ」
三好は自分のことを誇るように自慢げにそう言った。杉崎が恥ずかしそうに、やめてよセンセー、と眉間に皺を寄せる。
「ここは川の堆積物や山からの土砂崩れなんかで結構深いところに遺構がある。最初は思い切りよく掘っていいぞ!」
十河の言葉を皮切りに杉崎はユンボを動かし始めた。思い切りよく掘っていいとはいえ、それでも慎重な作業が求められることに変わりはない。いつもの適当な雰囲気から一転、杉崎の表情が引き締まる。まるで小鳥を撫でるような繊細な動きで、ユンボのバケットが土を削っていった。
「よし、このくらいでいいだろう。あとは人力――お前らの出番だぞ!」
「次の工程の『遺構検出』のために、遺構面を掘る作業に入ろう」
重機である程度新しい層を除去したあとは、縄文時代の層との境目――土の色が変化するところまで手作業で掘り進めていく。
「ここから力作業が始まるよ!道具は用意してあるから、それを使って茶色から焦茶色に変わるまでまんべんなく掘り進めてね」
そう言いながら、三好は地面に並べられた道具たちを指差した。青柳がまじまじと道具を見つめる。
「掘るっていうからシャベルとかスコップを想像してたけど、それだけじゃないんですね」
「そうだね。これは鋤簾っていうんだけど、柄が長いから作業が楽なんだよ!このあとの工程で使うのに他にもいろいろ持ってきてみたから、自分にとって使いやすい道具を見つけてみてね」
道具を観察していた草壁が大きめのスプーンを手にして固まっている。まごうことなき大きなスプーンだ。榎田もぽかんと口を開けた。
「うわ、普通にスプーンあるじゃん」
「がはは!こういうサービングスプーンとかおたまを愛用する人もいるんだぞ。掘れるなら何でも使う、それが発掘だ!」
ちなみに俺の相棒ちゃん、と十河が出してきた年季の入った傷だらけのおたまを見て、わっと声が上がる。
「先が曲がってるスコップみたいなのもありますね」
青柳がそれを手に取ると、十河が横から曲がっている部分を指差す。
「これは移植ゴテを曲げたものだ。曲がってるのは『まがり』って呼ばれてる」
ただ様々に道具があるだけでなく、使用者が使いやすいように独自に工夫するのも発掘道具のおもしろさだ。
「道具以外に、膝パッドとか作業用クッションマットもあるから、遠慮しないで適宜使ってね」
「なんで膝パッドにクッションマット……?」
それらをじっと見て考え込む青柳の横をすたすたと通って、茂木と杉崎は当たり前のように持っていく。頭に疑問符をたくさん浮かべながらも、経験者に倣って2年生組も手にとった。
青柳が持ち場に戻ると、同じ区画を掘る予定のシャムスが膝パッドを区画の外に並べて置いている。
「これってつけたほうがいいの……?」
「鋤簾で掘ってる間はいいけど、細かい作業をするようになると膝とか体全体をを地面につけないといけないときもあるからね。膝は特に真っ黒になるし、痛くなる」
わたしはマットより膝パッドのほうが動きやすくておすすめ、と言ってシャムスは真顔のままサムズアップした。
「表土剥ぎに加えて、また深くまで掘ることになると思う。様子を見て階段つけるから、穴から上がるときは階段を使ってね。では、ご安全に!」
三好の元気な挨拶を皮切りに作業が始まった。
各々鋤簾で掻いた土をシャベルで箕に乗せて、溜まると決まった場所に運ぶのを繰り返す。最初は同じ高さだった地面が掘り進めるうちに周りの地面より低くなっていく。単純作業ではあるが、ずっと同じような土の広がる光景を見ているせいで目がチカチカしてくる。しかも思ったよりも土が固い。ただ掘ればいいというわけではなく、地層面の端まで綺麗に掘る必要もある。想像以上に心身ともに疲れる作業だ。
しばらくすると青柳がうめき声を上げた。
「土が固すぎる……うう、もう体痛くなってきた……腕と脚やばい」
一度動きを止めるとじんわり怠さが広がっていく。もう半日以上作業をしているのではないかと感じるほどだったが、腕時計を見てみるとまだ2時間ほどしかも経っていない。その事実に愕然としながら視線を辺りに投げると、十河と三好が資料を手に現場の周りをうろうろと歩き回っているのが見えた。
「ねえ、シャムス。十河さんと三好教授は掘らないで見てるだけなんだね……?」
シャムスに近寄り、顔を寄せてこそこそと話していたはずなのに――
「嬢ちゃん、俺たちはサボってるわけじゃねえぞ?」
「ヒイッ!」
いつの間にか近づいてきていた十河が豪快に笑った。その隣では、三好が申し訳なさそうな顔をしている。
「僕たちは調査員として作業の様子をきちんと監督してないといけないんだ。特に遺構検出は資料の精査と調査員の経験頼りなところあるからね」
「勢いよく掘りすぎて大事な遺物までおじゃん、なんてこともある。掘るの早いやついるしなぁ、あいつみたいに」
十河が指差した先には、疲れた様子も見せずに慣れた手つきで鋤簾を動かしている榎田がいた。青柳が掘っている場所よりも遥かに深いところまで掘り進んでいる。進度の違いでできた段差を降りて三好が榎田のもとへ向かった。
「榎田くん、早いね!」
「え、マジすか?部活でやってた作業となんか似てるんで……」
褒められていると理解した榎田はどこか誇らしげな表情だ。
「もう少しで土の色が変わるはずだから、今までよりも浅く、水平に掘ってみてくれる?」
榎田は自分が掘っていたところをじっと見てみる。が、まだ土の色は変わっていない。どうしてわかるの?といった顔で榎田が三好を見上げる。
「隣の現場を見てきたからどのくらいで目的の層が出てくるか、だいたいわかるんだよ」
ふふふ、と笑って榎田の鋤簾を受け取り、お手本に数回動かしてみる。改めて鋤簾を受け取った榎田はさっそく掘ってみた。
「こんな感じすか?」
「そうそう!そろそろ細かい作業になるから、これを使って」
三好が手渡してきた道具を榎田がまじまじと見つめる。持ち手の短い鍬のような形の道具だ。鍬とは違い、半円状の刃がついている。
「なんすか?これ」
「これは草刈り用の鎌なんだけど、土を掘るのにも使えるんだ。僕は半月鎌って呼んでる。柄が短くて目線が土の表面に近くなるから、より土の色の違いに気づきやすいはずだよ」
作業用クッションマットを敷いて膝をつくと、榎田は鋤簾と同じ要領で土の上を滑らせるように掻いた。土が薄く剥がれるように削れていく。
「あ、やりやすい!」
その反応を見て、使い心地いいでしょ、と三好は満足げだ。均等に掘っていくと、一部だけに見えていた焦茶色の土が全体を覆うようになってきた。
辺りを見回して満足げに頷いたあと、十河は元気よく声を張った。
「諸君、縄文時代にようこそ!」
十河の言葉の意味を理解できずに2年生組がキョトンとする。がはは、と笑ったまま説明しようとしない十河を見て杉崎が助け舟を出した。
「あんたたち、今縄文時代の地面を見てるのよ」
ようやく意味を理解した3人の表情が徐々に気色ばむ。
「こことかここ、土の色が違うのわかるかな?出てきた焦茶色の土の中に、さっきまで掘ってた茶色い土の色があるでしょう?」
「言われてみれば……ここだけ茶色くなってる」
「これは柱や壁の跡だと推測できる。この跡を遺構というんだよ。こういう遺構を見つける工程が『遺構検出』だ」
あまりにもあっさり説明をするものだから皆ぼんやり聞いていたが、茂木がハッとして目を見開いた。
「住居跡ですね!」
「うん!出たね~」
三好がパチパチと拍手をすると、その場がワッと沸き立った。
「よーし!俺とフミでアタリをつけるから、その線の中とか周りを掘れ」
「どこを掘ったらいいかわからなくなったらすぐに声をかけてね」
「もちろん聞いてくれてかまわんが、自分でも少し考えてみるんだぞ?土を見極めろ。色の違い、質感の違い、ほんの少しの違いも見落とすな」
十河の双眸がギラギラと輝く。
「感覚を研ぎ澄ませ。意識していればだんだん見えるようになってくる」
「一番大事なのは、その当時の人になりきってみることだ。自分ならここにどんな家を作る?どんな倉庫を作る?どんな神殿を作る?どんな畑を作る?どんな集落を作る?」
「この場所で、お前ならどう生きるのがいいと想像する?」
「俺たちは古代からずっと変わらない。同じ人類だ。お前の遺伝子に、お前の先輩たちと同じ感覚が残っているはずだ」
「だから、研ぎ澄ませ。人間としての感覚を大事にしろ」
十河の情熱と気迫の籠った演説に、しん、と静まり返る。誰かの喉が、ゴクッと鳴った。
「十河さんが言うように、想像を膨らませて掘るのはとっても楽しい。でもまぁ、そういうのは十河さんがすごい人だからできることなので、みんなは少し考えたらすぐ聞いてね?僕らには過去の考古学者や地質学者たちが残してくれたヒントにできる資料もある。これから勉強と経験を重ねて十河さんみたいな生ける伝説を目指そう!」
にこりと笑いながら、三好は脇に挟んでいた茶色い表紙の冊子を掲げて見せる。
「土の色の違いといえば、この土色帖も説明しておこうかな」
冊子の表紙には、標準色土色帖と書いてあった。
土は性質や成り立ち、環境によって色や質感が違う。質感はある程度表現が共有できるものだが、色の表現は個々人の見え方でだいぶ変わってしまう。記録が命の発掘調査において、土色帖の標準色があることで万人に伝わる記録を残せるのだ。
土の色を見極めながら十河と三好が棒で地面に線や丸を描いていく。それが終わると、次は打ってあった杭のところに行って杭と地図を交互に見比べ始めた。
「何やってるんだろう?」
「あれは、調査用のグリッドを組もうとしてるのよ」
何やら計器を担いだ杉崎が青柳とシャムスのところに歩み寄る。
「グリッド?」
グリッドとは、遺構の位置などを把握するために、調査する場所を縦横に走る線で格子状に区切ったものだ。このグリッドを用いて、遺構が遺跡の中のどこにあるのかがわかるように遺構確認図を作成する。この確認図は、今後の遺構調査の方法を判断するために非常に重要な図面だ。平面的な記録だけでなく、等高線図なども作成する場合がある。
「発掘で大切なのは、出てきたものを細かく記録すること……」
「だね」
青柳が呟いた言葉に、シャムスが目を細めて深く頷いた。
杉崎は十河の元に計器を運ぶと三脚を広げて立て、十河の指示を受けながら操作し始めた。
「杉崎先輩、計測もできるんですか!?」
「まぁ、見よう見まねだけど……土建屋は地質調査もするから」
「杉崎さんは有資格者ではないけど、計器類の扱いが本当に上手いんだよ〜!見てこの手際の良さ!」
確かに素人目に見ても手際が良いのがわかる、慣れた手つきだった。弾むような声を出し、三好は両手を叩いて喜んでいる。
「なんでセンセーはいつもそんなに嬉しそうなのよ……センセーが褒められてるわけでもないのに」
「だって、自慢の教え子だから!」
無邪気にニコーッと笑う三好に杉崎は顔を歪めた。
「ったく……つまりあたしは表土剥ぎと確認図作成の都合の良い作業員ってことよ」
そんなことを吐き捨てつつも、せっせと計器を覗き込んで水平に調整している。その口元は嬉しそうに緩んでいた。杉崎の手助けもあり、あっという間に縦横1m間隔で糸が張られていく。
「今、計測のために張った水糸以外に遺構のところにも水糸を張るから、そこの部分の土は残すようにしてね」
「土を残す?」
十河と三好が先ほどの糸とは違う色の糸を張っていく様子を不思議そうに見ていた榎田に、茂木が汗を拭きながら近寄る。
「遺構全部を掘るんじゃなくて、この水糸に合わせて土を残すことでセクションベルトっていうものができる。これがあると堆積層を確認できるんだ。堆積層のおかげで年代を特定したり、どんな環境だったかを推測したりすることができるんだよ」
「へえ……ただ掘ればいいんじゃなくて、調査のためにいろんなことしなくちゃいけないんすね」
「発掘を始める前には、この場所に遺構があるかどうかを調べるトレンチ調査ってのをする場合もあるんだぞ」
十河が声を張って説明を追加する。
トレンチ調査とは試掘調査方法のひとつだ。調査員が目星をつけた場所に均一幅の長い溝を掘ることでそこに遺跡があるのか、どのくらいの範囲か、どんな遺跡か、どのように発掘したらいいか等を判断することができるのだ。
「さっきどうしてそろそろ土の色が変わるってわかったのか説明したけど、トレンチ調査の結果も知ってたからなんだ」
種明かしをしながら三好は現場の奥に掘られた1m幅の溝を指差した。
「事前調査も大事ってことですね」
「その通り!むやみやたらに掘ってるわけではないんだよ」
感心して呟いた青柳の言葉に三好は大きく頷いた。
「よし!水糸も張れたことだし、ここからは『遺構の掘削』の工程に入るよ。ここからさらに地道な作業になるから、適度に水分をとって頑張ろう。周りの土と違うものが出てきたら声をかけてね」
三好に促されるまま、皆一度軍手を外して各自水分補給をした。朝は涼しかった空気がだんだんと熱を帯びてきている。
「地道で派手さはないけど、遺構掘削は作業自体がめちゃくちゃ楽しいからね!」
「それは茂木くんだけじゃない?」
普段から細められている目をさらに細くしてワクワクした顔をする茂木に杉崎が突っ込みを入れると、ドッと笑いが湧いた。
「でも、恋愛も両想いになるまでが楽しいって言うじゃないか。そんな感じだと思うんだけどな」
「その例えはなんか、わかるかもしんないっす」
大真面目な顔で顎に手を当てる茂木に榎田が笑いながら同意すると、青柳はわずかに顔を歪めた。
「なんか最低発言……榎田くんはまだしも、茂木先輩がそういうこと言うなんて、ショックです……」
茂木と榎田の顔がサァッと青くなる。
「待って、えっ、そんなに問題発言だった……!?」
「榎田くんはまだしもってどういうこと!?わ~ん!引かないで陽子ちゃんッ!男には狩猟本能というのがあってね……!」
慌てて弁解するふたりを置いて、シャムスはどこか納得したような顔をしていた。
「確かに、発掘って狩猟本能を呼び覚まされるかも……?」
「シャムスが言うと本当の意味で狩られそうなんだけど」
そう言いながら杉崎が次に使う道具を並べていく。今まで使っていた鋤簾やシャベルについた土をてきぱきと払い落し、雑巾で軽く拭ってから邪魔にならないところに揃えて置く。会話に加わりながらもしっかりと作業をこなす杉崎に、三好は嬉しそうににっこりと笑った。
次に使うのは、先ほど話題に上がった移植ゴテやまがり、ヘラ、竹串といった細かく掘ることに向いている道具だ。あらゆるものを道具に使うということを学んだメンバーたちは並べられている道具のバリエーションにもう驚かない。先ほどまで触れていた固い土の感触を思い出しながら、思い思いに使いやすそうな道具を手に持ち場に戻っていく。
青柳とシャムスの持ち場には、丸く線で囲われた遺構が並んでいた。三好いわく、これは住居の柱が建てられていた跡の可能性がある、とのことだ。
――柱跡だと思うから、ここには土器とかはないかもしれないね。
三好の言葉を思い出して青柳は内心落ち込んでいた。昨日資料館で見たような土器を自分の手で掘り出せるかも、と期待して今日の発掘に臨んでいたからだ。線に沿って移植ゴテの先端を突き立てては、崩して土を掻き出す。ただひたすら、目の前の土を掘るだけ――暑いだけ、疲れるだけ、汚れるだけの作業。シャムスは、それが当たり前かのように退屈さを感じさせない顔で掘り進めている。掘っても掘っても変わらない目の前の景色に、青柳は小さく溜め息を吐いた。
(発掘って歴史的な発見ができる、キラキラワクワクしたものって思ってたけど……)
(((すっっっごい地味な作業だ――!)))
青柳が心の中で愚痴を叫んだとき、誰かの心の声が聞こえてきた気がした。ふと顔を上げると、少し離れた位置にいた草壁、榎田とばっちり目が合った。びっくりしながらもお互いの楽しくなさそうな表情から何を考えていたかがわかる。2年生組の心がひとつになった瞬間だった。
三好から、お昼休憩にしよう、と声がかかる頃には皆汗だくになっていた。
「杉崎先輩……眉ティント、大正解でした」
手拭いで顔を拭きながら青柳が尊敬の眼差しを杉崎に向ける。
「感謝しなさい。そして崇めなさい」
「はは~!」
杉崎を崇め奉り、大げさにひれ伏すような動きをする青柳の顔をシャムスはじっと見つめる。次に杉崎へ視線を向ける。
「な、なに……?」
「陽子もかなめも、お化粧落ちてもとってもかわいいよ」
身構えるふたりの手を拾い上げ、シャムスは無垢な眼差しでそう言った。宝石のようにキラキラと輝く瞳に逃げ場なく撃ち抜かれ、杉崎と青柳は胸を押さえて顔を伏せた。かっこいい女子からの褒め言葉は、時にイケメンからの褒め言葉を超える――
汗で濡れたままはよくないということで着替えてからの昼食となった。昼食は宿が用意してくれたおにぎり弁当だ。しっかり体を動かしたからか、ただのおにぎりとは思えないくらいにおいしく感じる。屈んでだるくなった両足を草の上に投げ出して、口々においしいと言いながら食べた。
「よし!そろそろ作業に戻るよ」
午後もひたすら発掘作業が続く。
測量用メジャーで何度も水糸からの距離を測って図面を書いている三好の姿を見て、榎田が茂木に質問する。
「三好教授、また何かやってますけど、あれは何やってるんすか?」
「ああ、あれは遺構がどの位置にあるか測って『記録作成』してるんだよ。前にスクラップブック見せられたでしょ?」
ああ!と納得した声を出す。短期間の記録ながら何冊にもわたる記録に驚いたことを榎田は思い出した。
「堆積層を土色帖で色を調べながら記録したり、グリッドのどこに遺構があるかを測って細かく書いていくんだ」
「ほえ~本当に細かいっすね。あの量の記録になるわけだ」
調査の進み具合にあわせて、調査区全体の遺構を確認図や写真や記録する。遺物が出てくればその出土状況や、セクションベルトなどの堆積状況も記録の対象だ。これが、遺跡発掘における最も重要な工程と言っても過言ではない「記録作成」だ。
基準となる線から遺構、遺物までの距離を細かく測り、縮尺して図面に記録していく。平面の作図が終わったら、次は遺構や遺物が出土した高さも測る。記録写真は遺構や遺物ごとに撮影する他に、調査区域全体を撮影するためにドローンを使用する場合もある。すべての出土遺物は、どこから出土したのかを記録した後、資料館に持ち帰って保管。引き続き調査が必要な場合は詳細な調査を行う。博物館などでよく見かける復元された土器は、すべての調査が終わったあとに復元作業などが行われたものなのだ。
「ここはまだまだやり始めだから記録できることは少ないけど、やれることはやれるうちにやっておかないと後で後悔することになるからね」
「土砂崩れで現場が埋まったり、いたずらされたり、ってことも完全にないとは言えませんしね……」
自然災害はもちろんのこと、安全災害で発掘が中断されることもある。少ないケースではあるが、周辺住民の理解が得られなかったり、土地の所有権を巡ったりして、いたずらや妨害によって発掘作業が滞る、なんてこともあるのだ。
三好が鉛筆を走らせる地図を榎田が覗き込む。
「まだまだ白いところが多いですね~」
「そうだね。でも、みんなが掘り進めていって、土器とか炉の跡が出たらもっと書き込めるよ!この何もない世界に発見をたくさん書き込めるといいよね」
その言葉を聞いて、地味な作業に疲れてきていた2年生組の表情が少し明るくなった。
――未発見を発見しにいこう。
ポスターに書かれていた文字が思い出される。
わからないこともネットで調べればいくらでも正解が用意されている現代で、ネットで調べても出てこない未発見を発見する楽しさこそ、発掘の醍醐味だ。まるで宝探しをしているような楽しみが、ここにあるのだ。
青柳、草壁、榎田の視線が自然に集まる。お互いの汗まみれで泥だらけの顔が少し誇らしく見えた。
☼ ☼ ☼
夕食後、部屋に戻ろうとしたシャムスの目に一枚のチラシが飛び込んできた。浴衣貸出サービスと書かれたチラシだ。近寄ってじっと見ているシャムスに、女将が申し訳なさそうに声をかける。
「あら、それまだ下げてなかったのね。去年までやってたサービスなのよ」
「そうだったんですか……」
表情はあまり変わらないものの、女将の目にはしょんぼりしているように見えた。
「お嬢ちゃん、どこの国の人なの?」
「ベェル・エルです」
「聞いたくせにごめんなさい。おばちゃん外国のこと詳しくなくて……でも、日本語上手ねえ」
ふるふる、と首を横に振ってから、シャムスの表情は明るくなった。
「小さいときから三好に習って、話せるようになりました」
「まあすごい。日本のことは好き?」
「大好き」
目を細めて口元を緩める姿に、心から日本を好いていることが伝わったようだ。女将は微笑んだあと、少し考える仕草をして言った。
「浴衣、着てみる?トキさんのところに可愛い浴衣があったと思うから、聞いてくるわ!」
驚いて目をぱちくりとさせているシャムスが返事をする前に、女将はつっかけに足を差し込んで、あっという間に出かけて行ってしまった。
1時間後――
「かわいい~ッ!いや、綺麗!めっちゃ素敵!」
頬を赤らめて大興奮で褒めちぎる榎田の前には、恥ずかしそうに俯くシャムスの姿があった。白地に藍色と紺色の朝顔が踊る浴衣は、シャムスの健康的な褐色の肌によく似合っている。同系色の白い帯もぼやけることなく、むしろ浴衣の模様を引き締めるようだ。シャムスはどちらかといえばかっこいいと言われることが多い。可愛いだとか綺麗だとか言われ慣れない褒め言葉に、嬉しいやら恥ずかしいやらで、切り揃えられたサイドの髪から覗く耳が赤らんでいる。
「こんなに可愛いシャムスが見られるなんて、オレ、前世でどんだけ徳を積んだんだ!?」
「もう、わかったからやめて、想介」
シャムスが両手で覆い隠そうとするも、榎田はスマホを向けてどうにか写真を撮ろうとしている。
「肖像権侵害」
「公開してないっすから!オレだけで楽しみますから!」
「撮影罪」
「そんな罪あるんすか!?」
「強要罪」
「えッ!シャムス、照れてるだけだよね!?」
淡々と罪状を上げる茂木に、何で無駄に法律に詳しいの!と榎田がわめく。なんだかんだ楽しそうにしているシャムスを見てほっこりしていた三好の前に、杉崎と青柳が現れた。
「三好センセ。シャムスも似合ってるけど、陽子も似合ってるでしょ?」
紫紺地にあやめの柄が入った浴衣に黄色の帯を着けた杉崎が下瞼を押し上げるようにして笑う。杉崎に言われるまま視線を移せば、相思鼠の地色に柳とつばめが泳ぐような模様の浴衣をまとった青柳が三好の目に入った。帯はほんのり染まった頬と同じ色だ。
「とっても似合ってる!名前と同じ柳なところもいいね。もちろん、杉崎さんもすごく似合ってるよ!」
三好はにこにこと最高の笑顔で答える。最近の女子大学生はみんな本当に身綺麗にしている、と改めて感心していた。
「……三好センセーさ、もうちょっと空気読めるようになった方がいいよ?大人なんだから」
「え、どういうこと!?僕なんか変なこと言ってた!?」
死んだ目の杉崎に想定外の反応をされて三好はあたふたし出した。それを青柳が苦笑いして宥める。
(三好教授は誰にでも優しい……)
(お世辞でも褒められて嬉しい。けど、やっぱりあくまでも学生のうちのひとり、なんだよね……)
ほんの少しでも意識してくれるかな、と思った自分が恥ずかしくて、青柳はその思いを飲み下すしかなかった。
榎田による杉崎撮影会が始まると、青柳はエントランスに置かれている椅子に腰を掛けた。発掘から戻ってきてすぐ風呂に入り、夕食を済ませた体はかなり重く、怠さを感じていた。
「体調悪くなったりしてないかい?」
「えっ、あ、はい!」
いつの間にか青柳の隣に三好が立っていた。だらしなく伸ばしていた両足をビャッと引っ込めて、おしとやかに揃える。三好は青柳の返答にほっとした様子で、よかった、と微笑んだ。
「今日、発掘してみてどうだった?」
当たり前のように隣の椅子に座る三好に青柳の背筋が伸びる。叫びそうになる心を抑えて懸命に言葉を探す。
「ちょっと、地味でつまらないって思ったところはありましたけど……」
地味でつまらない、という言葉に三好がショックを受けたような顔をしているのを見て、青柳は慌てて言葉を続ける。
「けど!楽しかったです!それに、地味だけど、たくさんの人の地道な活動が歴史を支えてるんだなって思いました!」
「遺跡の写真……あの、三内丸山遺跡とか、教科書で見たことありましたけど、今まではふーんって感じで……でも、今日十河さんの話を聞いて、ここで生活して生きていた人たちがいたんだ、家族の記憶とか誰かの人生をもう一度蘇らせるための活動をしてるんだ、と思ったら、すごくわくわくしました」
「ただ情熱のままに掘ればいいんじゃなくて、ちゃんと記録したりすることが大事なこともわかりましたし、バラバラにしまっちゃってた写真を一枚一枚拾って、アルバムを作っていくみたいでした。うまく表現できないんですけど……」
言ってから己の表現に自信がなくなって視線を落とす。気を紛らわせるように手遊びをしていると、頭上から三好の優しい声が聞こえてきた。
「すごくわかりやすいなあ。僕もさ、考古学は考人学だと思ってるんだ」
弾むような声色に青柳はそうっと顔を上げる。柔らかで穏やかな表情に胸がきゅっとなった。
「その時代の人がどうやって生きていたのか。どんな人生を歩んだのか……歴史は人のつながりの積み重ねだから、誰かの記憶や人生を考えることこそ、考古学のあるべき姿だと思う」
そこまで言うと、柔らかだった表情が少し険しくなった。
「発掘って、ただ掘るだけだと破壊行為なんだ。墓荒らしとかと同じだね。誰かの生きた証や家族との思い出を勝手に掘り出してしまう、とても失礼な行為だ」
足元に落とした視線はすぐ近くを見ているはずなのに、何かを思い出すように眼差しが遠い。
「だけど、青柳さんが言うようにバラバラになった写真を集めてアルバムにするって思うと、思いやりがあって発掘は意味があることだって思えるね。青柳さんは、あったかい考えの持ち主だ」
いつも通りの穏やかな声に戻る。遠くにやっていた視線が優しさを帯びて青柳を見つめていた。
「アルバム作るために明日も頑張ろうね、青柳さん」
名前を呼ばれただけで心臓が跳ねる。まして、あったかい考えの持ち主だ、なんて言われてしまうなんて――青柳は浴衣の袖をぎゅっと握り締める。
「はい!バラバラの写真をたくさん集められるように頑張ります!記録、たくさんできるように!」
突然の声量に少し驚いたように目を丸くしたあと、三好は頷いてふわりと笑った。
(三好教授は誰にでも優しい……)
(でも、つい数ヵ月前まで認知もされてなかったんだから、特別に思われてなくても文句言わない!)
(推しに隣に座ってもらえて、会話ができて、微笑みかけてもらえるだけで幸せだ――!)
顔を背けて胸をぎゅっと押さえる青柳を、具合が悪くなったんじゃないか、と心配そうに見つめる三好だった。
「あなたは写真撮ったりしなくていいの?」
廊下を歩く草壁に気づいて女将が声をかける。
「はい」
草壁は淡々とそう答えると、目を合わせることなく洗面台へ向かって行った。あらまあ、と女将が心配そうに見送る。草壁が孤立しているのは女将の目からも明らかだ。言葉をかけられれば必要最低限の返答はあるものの、会話にはならない。グループに混ざろうともしない。かといって別段みんなから仲間外れにされているわけでもない。
学生さんもいろいろあるのね、と溜め息を吐きながら、女将は着付け道具を片付け始めた。
誰もいない廊下にシャカシャカと歯ブラシの音が響く。遠くから榎田の声が聞こえてくるたびに草壁は顔を顰めた。榎田が何か話すとすぐにワッと笑い声が上がる。明るくて賑やかなロビーで榎田が中心になって盛り上がっている様子がありありと頭に浮かんだ。
それに対して薄暗い廊下でひとりぼっち――孤独な小学生時代の自分が鏡に映った気がして草壁の顔が青ざめる。急いで口をゆすぐと草壁は足早に部屋に戻っていった。
「あれ?草壁は?」
杉崎撮影会が一段落したところで榎田がきょろきょろと辺りを見回す。
「勉強したいからって部屋に残ってるよ」
レフ板代わりに洗濯したての白いTシャツを広げさせられていた茂木がそれを畳みながら答える。
「え〜せっかくならみんなで写真撮りたかったんすけど……」
「あんたと違って国政さんは勉強第一なのよ」
苦々しい顔をして吐き捨てるように言う杉崎に、榎田が顎に手をやって考え込むようなポーズをしながら覗き込んだ。
「前も思ったんすけど、なんか杉崎先輩、国政生に当たり強くないすか?」
「……元カレが、国政だったの」
その瞬間、榎田がすごい勢いで目を輝かせた。何も言っていないにも関わらず、聞きたいという願望が顔面に溢れ出ているせいで、杉崎が腕でバツを作る。
「まだ何も言ってない……!」
「嫌よ!なんであんたに元カレの話なんかしなきゃいけないのよ!」
「え〜ッ!その話詳しく!」
大騒ぎしている休憩室内とは違ってエントランスは静かなようだ。シャムスは騒がしい音を聞き流しながら、ロビーで話し込む三好と青柳の後ろ姿を嬉しそうに見つめていた。
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