表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

エピローグ「人の夜明け」

 ◆


 国王カーマインが受けた傷は重傷であった。彼は最高の医師団による治療もむなしく、数年後、神殺しの成就を見届けるかのように静かに崩御した。


 彼の治世は後世の歴史家たちによって様々に評価されることになる。


 ある者は彼を「神を殺し、千年の秩序を破壊した暴君」と断じ、またある者は彼を「神という軛から人類を解放し、理性の時代を拓いた偉大なる改革者」と称賛した。


 しかし評価の是非はさておき、彼が成し遂げた事業の巨大さは誰も否定しえない。カーマインは死の床に至るまで旧教会勢力の解体、教育制度の改革、そして科学技術の奨励を推し進め、ホラズム王国が近代国家へと生まれ変わるための礎を築き上げたのであった。


 彼の真の動機が愛する息子とその婚約者を救うという極めて個人的な感情から発したものであったという事実を指摘する歴史家は少ない。だがおよそ偉業とは、そのように個人的な動機と歴史の必然とが奇跡的な交差を遂げた瞬間にのみ成就するものなのかもしれない。


 王位を継いだのは言うまでもなくハリスであった。


 彼は父の死によって、そして一連の動乱を通じて、理想を語るだけの王子から現実の痛みを理解する賢君へと成長を遂げていた。王妃となったイセリナと共に、彼は父が遺した青写真に基づき、着実に国の改革を進めていく。


 神の加護が失われた王国にはかつてない困難が幾度となく訪れた。干ばつ、疫病、そして隣国との緊張。だが、人々はもはや天に祈らなかった。彼らは自らの知識と技術を結集し、灌漑水路を建設し、予防医学を発展させ、新たな外交関係を構築することでそれらの困難に立ち向かったのである。


 人々は神に祈るのではなく、自らの手で未来を切り拓くという最も困難で、しかし最も尊い道を選んだ。


 ホラズム王国にようやく人の夜明けが訪れたのであった。


 そして──さらに六十年の歳月が流れた。


 ◆


 王宮のテラスで白銀の髪を豊かに蓄えた老王ハリスが、膝の上で遊ぶ孫に静かに語りかけていた。


 孫息子が壁に掛けられた壮麗な肖像画を指さして尋ねた。


「おじいさま、この人はだあれ? なんだかすこしだけおじいさまに似ているね」


 それは、往時の国王カーマインの肖像画であった。


 ハリスは穏やかに微笑み、孫の頭を撫でた。


「彼はな、私の父であり、お前の曽祖父にあたるお方だ。歴史の教科書には世界で初めて神様を殺したとても恐ろしい王様だと書かれているかもしれんな」


「神様を殺した? どうして?」


 幼い王子の純粋な問いに、ハリスは遠い目をして、かつて父が命を賭して作り出した冬の日の空を見上げた。


「……そうだのう。確かに、祖父はお前たちの世界から神様を奪ってしまったのかもしれない。人々がすがり、祈りを捧げる対象を永遠に失わせてしまった」


 ハリスは一呼吸おいて、優しい声で続けた。


「だがな、代わりに我々にあるものを与えてくれたのだよ」


「あるもの?」


「うむ。『明日』だ。神様に決められた運命ではなく、我々自身の力で、悩み、過ち、それでも懸命に作り上げていく『明日』という希望をな。……祖父は世界から神を奪った。だが代わりに我々に『明日』を与えてくれたのだ」


 神なき時代は決して安楽な理想郷ではなかった。しかし人々は自らの足で立つことの困難さと、その自由の尊さを知った。


 ホラズム王国の歴史は今まさに真の黎明期を迎えたと言っても良いのかもしれない。


(了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストーリーとしてつながっているわけではないですが、時系列的には上から順番に。最初と最後だと1000年以上開きがある感じ

あっぱっぱーな王太子が存在しない世界線の話
「「常識的に考えろ」と王太子は言った。」

情けない王子が頑張る話。
男らしくない感じの王子がフラつきながらも最終的にはまあ良い感じに収まる感じ。
ハピエン。
「「畜生、死にたいな」と王太子は言った。」

ホラズム王国第二王子のリオンは、何かにつけて兄であるエドワードと比較されていた。
無能ではなくとも相対的評価によって無能だとされてしまう事は往々にしてある。
そうした日々を過ごす内、リオンは自信を失っていき、やがて自身の存在意義にも疑念を抱くほど心を病んでしまう。
しかし彼の心を慰撫してくれる者はいなかった。
婚約者であるイザベラにせよ、兄であるエドワードにせよ、両親でさえも。
そんなある日、リオンはクラウディアという平民の娘と出逢う。
二人の白かった関係は、月が次第に満ちていく様にゆっくりと色づいていく。
ジャンルとしては異世界恋愛ホラーハッピーエンドざまぁ駆け落ち心中リィンカーネーション系です。
「「愛してるよ」と第二王子は言った。」

王太子ユベールはポンコツだった。
彼は完璧公爵令嬢アルミナに劣等感を抱いていた。
しかし彼女も彼女で──
「「何でも言って良いのですか?」と公爵令嬢は言った。」

千年続く神の加護が衰えゆくホラズム王国で、王太子ハリスの婚約者イセリナが「神の花嫁」として生贄に選ばれてしまう。
愛する者を失いたくないハリスは彼女と共に王都から逃亡。
一方、凡庸な王と思われていた国王カーマインは、息子たちを救うため、そして王国を神の軛から解放するため、前代未聞の計画を密かに進めていた。
神権と王権、信仰と理性、千年の伝統と新しい時代の狭間で、それぞれの思惑が交錯する。
果たして若き恋人たちの運命は、そして王国の未来は。
「「神を殺す」と王は言った。」
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ