十四、不満ってわけじゃなくて
新介の言うところの『ハーレム』とは、つまり漫画やアニメなどで言うところのあの『ハーレム』のことなのだろう。
「それなら、こういうのはハーレムとは違うんじゃない。俺たちを取り囲んだのはそういう意味でじゃなくて、ただ単に物珍しいからだろうし、それに」
「それに、何だよ?」
言い淀んだ健渡に、新介が意地悪な顔をする。
わかっているくせに、と言って健渡は村人たちの方へ視線を遣った。
確かに、女ばかりの集団だった。
『音が鳴り響く谷』にある小さな村スィドリクは女だけが暮らす村だった。
ムシュテルのざっくりとした説明によれば、崖の上にある純白の岩山には神様がいて、その神様は男を嫌うからこの辺りには女しか住むことができないのだという。
たまに来る異界からの観光客を除けば、男が村を訪れることはほとんどない。――という話を聞けば、確かに『ハーレム』というワードが頭に浮かんでもおかしくはないが。
「だけどさあ……」
「不満があるってのか」
「不満ってわけじゃなくて」
健渡は言葉を選ぶ。選ぼうとはしてみるが、穏便に済ませるための一言はなかなか浮かばない。ウンウン唸りながら、あれでもないこれでもないとしていると、その横を通り過ぎたムシュテルが、
「年頃の女がまったくいないと言いたいのだろ」
などと、さらっと、はっきりと言っていった。
「いや、そんなこと……」
健渡は言葉を濁しつつ村人たちの様子をうかがった。
幼い子どもに、健渡の母親くらいの世代、それよりもっと上の年代の姿はあるが、ある程度の年齢層が抜けている。健渡やムシュテルと同じくらいかもう少し上の、『若者』というふうに呼ばれる層が見当たらないのだ。
「ガキンチョと年寄りだけじゃあハーレムじゃないってか?」
新介がデリカシーの欠片もない言葉選びで追い打ちをかける。
「俺はそんな失礼なこと言って――」
言いかけて口ごもる。
言葉にはしていないが、つまりそういう感想を抱いたのだ。
あらためてそう認識して、健渡は申し訳ない気持ちになった。
しかし、
「誰も気にしたりはしないさ」
ムシュテルはあっけらかんとしていた。言葉の通り何も気にしていない風だった
村の女たちも似たようなものだった。
荷台から下ろした大きな樽をバケツリレーのようにしながら順に村の中へと運び、時折大きな笑い声を響かせる。健渡たちの会話に反応し目くじらを立てるような者はいなかった。
健渡たちの言葉がわからないからかと一瞬考えたが、しかしムシュテルの言葉は拾えているはずだ。会話の全容が把握できていなくても、納得いかぬ顔つきでしているやりとりの中に「年頃の女がいないから」というようなワードが出てくれば感づくこともあろう。
だというのに、和やかなムードが保たれ続けているのはどうしてか。
普通ならば――と、自然と深矢子を見てしまった。
「何だい、少年」
芝居がかった口調。深矢子の頬がぴくりと動いた。「何だい」と問いながらも、健渡の視線の意味を察しているようだった。
「『年頃の女じゃないからハーレムじゃない』って言われたときのお姉様がするであろう反応の、模範解答が見たいって?」
じわじわと詰めてくる。口角はきっちり上がっているが目はひとつも笑っていなかった。
「いや、もう十分です」
あらためて披露してもらうまでもないと、健渡は深矢子の圧からするりと逃げた。
その様子を眺めていたムシュテルがハハハと笑った。
「だから、村の者ならば誰も気にしたりしないと言っただろう。何と言うか、あなたたちの言う『年頃』というものは、私たちにとっては大した価値はないものなんだ」
そう言って、ムシュテルは樽のひとつをひょいと担いだ。「手伝うよ」と言う健渡の申し出に「ありがとう」と返しながらも、その手を借りようとはしなかった。
隣に並んで顔をのぞけば、何やら難しい顔をしている。怒っているのとも違うようだが、徐々に眉間に皺が刻まれていく。
「いや、正しくないな」とムシュテルがこぼした。
「やっぱり気にしてないってことはない、とか」
恐る恐る尋ねる。
ムシュテルは険しい顔つきのまま
「そういうことではない」
とまず一言言った。それから少し考え込んで「価値がない、のではないな」と続けた。
「価値があると理解している。だけどその価値に嫉妬したりもしないし、引け目を感じたりもしないのだ」
その表現の方がしっくりくると、ムシュテルは自らの言葉に深く頷いた。
「私たちには、個々それぞれに役割があり、その役割に価値がある。畑を手入れする者。子を産み育てる者。誰かを手伝う者。他の集落との間を取り持つ者。無邪気に遊んで笑って村に活気をもたらす者。それぞれの年齢や立場、特性、個性によって出来ることも違ってくるだろう? だから、ある特定の誰かだけが尊くて特別な価値がある、という風には考えていないんだ」
だから『年頃』でないと言われても何とも思わないのだという。たとえそのことを嫌みったらしくぶつけられたとしても「それは私たちの『価値』とは違うのよ」と笑って終わることなのだ。
だけどそういう考えは、この世界でもけっして一般的なことではなくて、もうだいぶ少数派になってしまったと続けたムシュテルの横顔は、少し寂しげに見えた。
「この村の慣習や価値観というものは、『異質』なんだそうだ。今ここに若い女がいない理由も含めてな」
「どうして、いないんですか?」
『異質』と言われて怯みはしたがその理由を聞かないわけにはいかなかった。
身構えて尋ねた健渡に対して、ムシュテルはまたしても、まったく何でもないことのように言った。
「今の時期は、村の若い女たちは子種を貰いに近くの村に出向くのさ」
「子だ――!?」
「何をそんなに驚くことがあるんだ。女だけでは子は産まれない。あなたたちの世界だって、仕組みは同じなんだろう?」
そうだろ、とムシュテルは深矢子に視線を向けた。深矢子は「そうね」と少しだけ困ったような顔をした。「でもそういう話は健渡くんにはちょっと刺激が強いから」と言って苦笑する。
「そういうものか?」
ムシュテルは不思議そうな顔をした。
「いや、そういうわけではないというか、何と言うか」
「いろいろ想像しちまうからマズイってことだよ」
こいつ、ムッツリだから。と新介がからかう。その発言に怒りもせず、ムキになるようなこともなく、健渡はただため息をこぼした。おじさんの発言のレベルは男子中学生と変らないなと思った。
「あなたたちの言うところの『ハーレム』というものではなくてガッカリしたか?」
ムシュテルが言う。
「ガッカリだなんて、そんな。そもそもそんなもの期待してなかったし」
俺はね。と付け加えて新介をちらりと見る。「嘘つけ」とすぐに返ってきたが、聞こえなかったフリをして視線をそらした。そらしたその先で、ムシュテルとがっちり目が合う。
ムシュテルはやわらかく笑んだ。
その笑みから違和感なく力強い表情へと変えていく。
真剣な眼差しを、まっすぐに健渡へとぶつけてきた。
「何にせよ、スィドリクという村はそういう村で、私にとってかけがえのない、大切な場所なんだ。このまま消えていっていい場所ではない」
ムシュテルの言葉に、健渡は「あ」と短く小さく声を発した。
そうだった、と、すっかり目的を忘れていたことに気づかされた。
「クエスト……じゃなくて、ムシュテルさんの村を救うための手伝いってやつですよね?」
「ああ、そうだ。こっちは村の者に任せて、私たちはさっそく滝に向かおう」
そう言って樽の一つをぽんと叩く。
「滝? 滝で何かするんですか?」
「そういうことだ。登りながら説明する」
「今、登るって言いました? ……滝を?」
流れに逆らって昇っていく魚の姿を思い浮かべた。
「滝を登るっていうかー、」
深矢子が顎に指を当てる。
「まあ、『登る』で間違ってはいないんだけどね」
ムシュテルと視線を合わせて「ねー」と言った。ムシュテルは「ああ」と言ってしっかりと頷く。
「道はしっかり整備されているから問題無い」
健渡を安心させようとしての言葉だったのだろうが、その発言で健渡はますます困惑してしまう。
滝。整備された道。登る。
健渡の想像力ではどうにもならなくて、一昔も二昔も前のロボットのように、三つの単語を無機質に細切れにただただ繰り返すしかなかった。




