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夏休みの自由研究に異世界旅行記はいかがですか?  作者: 葛生雪人
二日目 異世界『ゾルタート』音の鳴り響く谷

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十三、ようこそスィドリクへ

 木樽と一緒に荷台に()()()()、街道を行く。

 樽の中でチャポンチャポンと液体が揺れる音がした。乗り心地は最悪だった。

「俺、こういうの初めて乗ったけど、お尻は痛いし揺れるし狭いしで、あんまりいいもんじゃないね」

 路面のデコボコを避けきれなかったのか、台車がいっそう大きく跳ねた。その揺れを受けて健渡の腹の中も揺さぶられる。

「うえっ。ちょっとムリかも」

 胃の辺りのムカムカを必死に堪えながら言うと「何だよ、だらしねえなあ」と新介が笑った。

「人が乗る用じゃないからってのもあるだろうけどな。それにしても、お前、馬車とか乗ったことないのか」

 意外だな、と付け加えた新介は健渡の背中をさすりながら視線は荷車を牽く輓獣に向けていた。

「まあ、俺も馬以外に牽かれてるのは初めて乗ったけどな」

「馬に牽かれてれば馬車だし、牛に替われば牛車なんだよね?」

「そういうことになるな」

「じゃあこの場合は?」

「そりゃあ、単純に考えれば『車』の前に動物の名前を付ければいいんじゃねえか? ええと――」

 新介が空を仰ぐ。

「…………何て言うんだっけ、あいつ」

 健渡も、ちらりと視線を宙に向けた。そうしてから、先頭を行く一頭の動物に視線を向けた。

 乗る前に教わったはずなのに、その名前が出てこない。

 見た目は、フサフサとした()()だった。ねずみ色の毛並みの質感は猿のものに似ていた。それ以外は大きさもフォルムも健渡が住む世界のサイと同じに見えたが、角の生えている場所が違っているようだ。鼻の辺りではなく頭蓋骨の辺りから、顔の大きさと変わらない程の立派な角が生えていた。

 その動物の名前が出てこない。

「アレル何ちゃらみたいなやつだったよな、たしか」

「じゃあアレル何ちゃら車?」

 言ってみてもしっくりこないのはどうしてなのか。

「この世界ではそういう呼び方してないし、そもそも私たちの言葉に訳すときに全部まとめて『馬車』ってなっちゃうからねー」

 答えにたどり着きそうにない二人に、深矢子が救いの手を差し伸べる。

 正解が示されたというのに、新介も健渡も納得いかないという顔で深矢子を見ていた。

「全部、馬車……だと?」

「それはいくらなんでも乱暴すぎませんか?」

「私に言ったってどうしようもないわよ」

 それはそうですけどとこぼしながら、健渡は街道沿いの景色に目を遣った。深矢子とムシュテルの会話からすると、もうすぐ目的地に到着するらしい。

 ()()に乗ってから三十分ほど経っていた。

 街中のような騒がしさはすっかりなくなっていたが、周囲の景色はそれほど大きく変わったりはしていなかった。谷の幅も、街道の脇を流れる川の規模も、ウスレンデルの街はずれからずっと似たような感じで続いている。点々と建つ民家と、その周囲に広がる農地。ところどころには滝がある。タウフィの滝のように一気に崖下へと落ちるものもあれば、段差をひとつひとつ踏みしめるように流れてくるものもある。

 どれもゴオォゴオォとたくましい音を響かせていた。街中にいたときよりもずっと『音が鳴り響く谷』にいることを実感できていた。

 それらの滝からの水流はやがて一本の川に注ぎ込む。街道と共にまっすぐある幅二十メートルほどの川は、常に清らかな水がたっぷりと流れていた。

 何気なく流れを見つめていると、健渡は違和感を覚えた。

「何か、川の色が違うような」

「村が近いからな」

 健渡の疑問に、御者台のムシュテルがそう答えた。答えたようでいて、答えになっていないなと健渡は思った。

 正しくは『答えとしては足りない』のだろう。

「村が近いと、色が変わるんですか?」

 健渡が言うとムシュテルはハハと笑った。

「敬語でなくて構わない。私とあなたは同じくらいの年なのだろ?」

 ムシュテルが前を向いたまま声を張った。

 深矢子に視線を遣ると、こちらが何か言う前にうんうんと頷いている。

「ゾルダートでの年齢の数え方は、私たちの世界で言うところの数え年みたいな感じで、それだと十六歳よ」

「え?」

「何だ? もっと幼く見えていたか?」

 ムシュテルの言葉に健渡はブンブンと首を横に振った。むしろもっと上に見えていたのだ。それはけっして、若さを感じないとかそういうことではなくて、落ち着いた物腰から『大人』だと思っていたのだ。

「あ、でも、十六でも十分大人だよ。高校生ってことでしょ」

「馬鹿、数え年って言っただろ。学年で言えばお前と二つ違うってことだよ」

「三歳違うんじゃなくて?」

「だから、数え年だと十六だって言ってるだろ。何だよ、お前数え年わからんのか」

「知ってるよ。……何となくだけど」

 新介が「そんなことも知らんのか。これだから今どきの若者は」とでも言いたそうな顔をするものだから、知らないとは言えなくて、健渡は逃げるように視線を逸らした。

「どっちにしろ年上ってことだろ。それじゃあ敬語だよ」

 言いながら健渡は同じ学校の二年や三年の先輩たちの顔を思い浮かべていた。小学校のときは当たり前のようにタメ口で話していたのに、中学に上がった途端、先輩と後輩の関係になり、そこには敬語というものが必須になった。

「学生のときは確かにそうだったねえ」

 深矢子がしみじみと言う。

「そうだったか? 先輩だろうが教師だろうが、全部タメ口だったろ。敬語なんて使った覚えがないぜ」

「新介はね」

 深矢子が呆れた顔をする。「参考にしなくていいからね」と言うので「あらゆることにおいて、伯父さんを参考にしようと思ったことなんてないんで」と返しておいた。深矢子はケラケラ笑っていた。

「ようはムシュテルが言いたいのは『気を遣わなくていい』っていうことだから、健渡くんが敬語の方が楽って言うのならそれでオーケーよ」

「そういうことだ」

 ムシュテルはもう一度笑った。

 そうしてから川の方に目を遣って、ようやく健渡の問いに答える。

「この辺の川の色が他と違うのは、村にあるホレスューリの滝のせいだ。崖のさらに上に純白の岩山があって、そこの岩肌を削りながら水が流れて来るのだ。だからホレスューリの滝には乳白色に濁った水が流れ込む。始めは白く、流れ下るうちに透き通っていく。それが本来のホレスューリの姿だったのだが」

 ムシュテルが言葉を飲んだ。

「今は本来の姿じゃないってことですか」

「最近、流れの途中で何か異変があったようで、道筋が変わってしまった」

「滝の道筋?」

 健渡は眉をしかめた。直前に見たタウフィの滝の真っ直ぐ流れ落ちる姿が浮かんだせいか、道筋という言葉と『滝の流れ』というもののイメージがうまく合致しなかった。

「無理もない。ホレスューリは、この谷に数ある滝の中でも特異な形状の滝だからな」

 ムシュテルが言うと、新介がフフフと不気味に笑った。

 ああ、これは――たぶん面倒くさい奴だ、と思いつくよりも早く健渡はため息をついていた。

「健渡。お前、ネタバレは避けたい派か?」

 予想通り、新介が唐突な問いかけをしてきた。

「何の確認だよ」

「そのままの意味だよ。特異な形状ってのがどんなのか、見てから驚きたいか、それとも事前に説明を受けときたいか。さあ、選べ」

「そりゃあ……」

 健渡は考えた。

 目の前には、言いたくて仕方ないといった新介の顔がある。

「説明はいいや。ちょっといろいろ詰め込んで疲れてきたところだし」

 絶対に聞いてやらないぞと、健渡は新介の顔を押しのけた。

「いいのか? 本当に聞いとかなくていいのか?」

 それでもしつこく迫ってくる、大人げない大人がいる。

 あとで後悔するかもしれないぞと、さらに脅かすようなことを言って健渡との距離を詰めてくる。

「おじさん、しつこいって」

「それが俺の取り柄だ」

「『しつこい』はたぶん取り柄じゃないよ」

「粘り強いとか意志が強いとかって言い換えれば取り柄になるだろ。他にも言い方はいくらでも――」

 言い換え案を指折り数えようとしたところで馬車がゆっくり止まった。ゆっくりとはいえ、予期せぬ動きに、新介が荷台を転がる。樽に頭をぶつけて止まると新介は大袈裟な仕草で痛がった。

 新介の身を案じながら、ムシュテルは御者台を離れ台車の後方へとまわる。彼女の動きを目で追いながら、その視界の端に映り込む集落の景色に気がついて健渡は「あっ」と声を上げた。

「ここが私の村だ。ようこそスィドリクへ」

 ムシュテルに言われて、健渡はあらためて村に視線を遣った。

 高くそびえる崖の足もと、色濃い日陰と眩い陽差しとが作るはっきりとした境界線が集落の真ん中を走っていた。

 その線の辺りより奥、崖下の方に向かって十数軒の家屋が並んでいる。三角屋根の家々はどれもこぢんまりとそこにあって、その姿は森の木陰に賑やかに生えるキノコの群れのようだった。

 一方、境界線のこちら側には鮮やかな緑が広がっていた。

 畑なのだろう。同程度の広さで区切られた区画には、それぞれ異なる植物が植えられていて、ものによっては花の最中だったり、ころんと丸い実がぶら下がったりしていた。

 見渡すと、鮮やかな緑の香を含んだ風が辺り一面を渡り、やがて健渡たちのもとへとたどり着いた。葉や花のにおい、あたたかな陽差しのにおいと、陽の当たらない辺りの土の湿ったにおい、さらには人々の生活のにおいを余さず掻き集めて、健渡の鼻先へと運んだ。

 心地良い風が吹く、そんな村だと感じた。

「いい村だろう」

 ムシュテルは真っ直ぐにそう言った。タウフィの滝を見上げていたときのように、晴れやかな顔をしていた。

 その通りだ、と一目見た印象ではそう思った。

 しかし変だなと健渡は首を傾げた。

 ()()()()()()()が見当たらないのだ。

「滝は、近くにはないんですか?」

 健渡は辺りを見回した。

 タウフィの滝のように街の中心地から少し離れたところにあるのだろうかとも思ったが、ウスレンデルとは違ってスィドリクは小さな村である。崖による圧迫感はあるものの周囲はぐるっと広範囲に見渡すことができるし、滝の音を隠してしまうような喧噪などどこにもない。

 やわらかな風が畑を駆け抜けるとき、葉を撫で揺らすサヤサヤとしたささやかな音が耳に届くほど、スィドリクの村は静かだった。

「それが近くにあるんだよ、『特異な形状の滝』がな」

 新介がニヤニヤしていた。

「もう、しつこいってば」

 健渡は適当にあしらって、ムシュテルのそばに降りた。

 馬車を牽いていた()()が小さく鳴いた。チェロの一番低い音を鳴らしたような、腹の底に響くような啼き声だった。

 それを聞いたからなのか、それとも健渡たちの姿を見つけたからか、畑の中にあった人影がこちらを向いてわぁっと声を上げた。

 ムシュテルだ!

 そうひとつ声が上がると、追いかけるように「ムシュテルが帰ってきた!」「誰か連れてる」などと声が上がる。

 どこにそれほどの数がいたのか。

 家の中から、畑の中から、村人たちが現れて、健渡たちのいる方へとやってきた。

「男よ!」

 と言うのが聞こえた。驚いているような、喜んでいるような、少しうわずった声だった。

 男がいる、と誰かが言うと村人たちの足の運びが早くなった。小走りで駆けてくる二十人ほどの集団。その姿を見て、新介が健渡の肩を小突いた。

「これぞ異世界って感じだな」

 健渡をからかうように言う。

「どの辺がだよ?」

「これを見て何とも思わんのか。まったく、お前ってやつは」

 新介がわざとらしくこぼしたため息は、村人たちの弾む声に掻き消された。

「ムシュテル、おかえり!」

「この人たちは誰?」

「どうせ異界から来たカンコーキャクとかいうやつでしょ」

「こっちの二人は『男』だろ?」

「腕も身体も細っこくて頼りないから、アークヴォからだね、きっと」

「いやいや、近くの村の男だって、最近はこんな感じだって言うよ?」

「あら、やーねー、アタシたちの頃は――」

「でも、私はこういうのの方が好きよ。肌ももっちりしていて触り心地がいいもの。髪だってサラサラで上質な織物みたいよ。ほら」

 その言葉に集団が沸く。あちこちから手が伸びて、健渡と新介の体をぺたぺた撫でた。

「これを見て、本当に何とも思わんのか」

 新介がこそっと耳打ちした。

「『これぞ異世界』って? どこがだよ」

 健渡は怪訝な顔で返す。誰かが腕を掴んでくる。

「わかってるくせに」

 コノコノォ、といやらしく笑った新介は、同じように強引に体のあちこちを触られていた。

「この状態はいわゆる『ハーレム』。異世界に憧れる全男子が夢見る状況。男のロマンだ。これぞ異世界。間違いない」

 女だけの集団に囲まれながら――もとい揉みくちゃにされながら、新介が満足そうに言い放った。



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