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「貴女がイニカ国の姫、ラナン・イニカですか」
図書館に足しげく通うことを決めた翌日、まさかの第一皇子のローゼ・サンク・フォティーゾ=アモル皇子に呼び出されたのだった。
「はい。私はラナン・イニカと申します」
サンクトス国に倣った礼をし、肯定する。ローゼ皇子はこの学園の生徒会長を務めていて、成績も学年トップなのだ。
周囲には隣国モルトニス国の王子、ダリア・アステリ・ド・モルトニスや同じく隣国の公爵、ヘリアン・フォン・アーストゥロが居る。
ローゼ皇子とダリア王子は一つ上の赤いネクタイをしていて、ヘリアン公爵は二つ上の緑のネクタイをしていた。ダイアンも年齢的に緑のネクタイなんだよね。
「(うっわ、推し達がリアルになって目の前に立ってる。息してる、生きてる)」
思いはしたものの声や表情には出さず、私は貞淑な態度を保つ。
「挨拶が遅れて、大変申し訳ございません。近いうちにお伺いする予定を立てていた所でした」
とは言いつつ。まだ入学して2日目……いや、遅いか。通常なら1日目にするべきことだった。
「近いうちに、ですか。随分と悠長な対応ですね。牧歌的なお国柄ゆえの、価値観ですか」
と、眼鏡の奥で鋭い目線を向けるのは、宰相であるはずのウィスタ・エクリプシ。確か、皇子の護衛も兼任していて、ローゼ皇子達が学園に通っている間は一緒に居るのだ。
紫がかった長い銀髪を緩く編み、桃色がかった薄紫の目の男性だ。ウィスタ宰相は保健室の先生も兼任しているようで、スーツと白衣の姿だ。妖艶な感じがうっすら出てる。
「まあ。イニカ国の姫は今年入学なさったばかりです。いくらなんでも初日ではやることもあるでしょうし、言い過ぎでは」
そう、嗜めるのはダリア王子達の護衛騎士であるバードック・アステーラス。短い黒髪をオールバックにして、鋭い灰色の目の男性だ。王子達の護衛と騎士科の指導を担当しているはず。穏やかに見えるけど、この人は堅物。
「まあ、とにかく挨拶もできたし良いんじゃない? 噂に違わず、可愛いねイニカの姫は」
ピリついた雰囲気を和らげたのは、ヘリアン公爵だ。襟元を寛げてシャツを出し、ラフな格好をしている。だけれど緑のベストとか、なんか色々とオシャレだ。蜂蜜のような濃い金髪を肩で緩く結び垂らし、紫の優しげなタレ目をじっとこちらに向けている。やはり、ゲーム通りに軟派な感じなのだろうか。
「おい、女! 俺様達への挨拶が遅れたのは、俺様の顔に免じて許してやる。次からは気をつけろよ!」
派手派手しく場を纏めた、ダリア王子。うん、ゲーム通りの派手好きのナルシストだ。ド派手ない赤い髪に透き通った水色の目。1人だけ主張が激しい真っ赤な特注ブレザーを着ている。
「今回私が姫をお呼びしたのは、挨拶も兼ねておりますが、一つ、お願いがあるのです」
にこ、と神々しい笑みを浮かべるのはローゼ皇子。制服は規定通りに纏っているようだ。淡い金髪はさらさらで、肩のあたりで切り揃えられている。紫がかった青い目は、真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「我が弟の、サラナを気にかけて欲しいのです。私は学年が違いますし、関わる機会も少ない。サラナはちょっと人見知りなのです。姫はサラナと同学年ですし、関わりは私達より多くなるでしょう」
あ、これはサラナ皇子のルートに入る時のシーンの一つだ。……つまり、私はサラナ皇子のルートに突入したのだろうか。いつのまに。
そうして、軽く会話を終わらせて私達は解散した。
「ダメだダメだ! どうしてうちの姫様が、同じ学年ってだけで引きこもりの皇子のお世話をしなきゃならないんだ!」
寮に戻って早速従者のダイアンとクローバーに報告したところ、案の定ダイアンは拒否の意を表した。私を危険に巻き込みたくない、という一心だろう。
「クローバーは、姫が嫌じゃなければ、やっても良いと思いまーす」
クローバーは私の意見を尊重してくれるようだ。うん、やっぱり予想通り。私の意見は、もうすでに決まっている。
「ダイアン、これは私達の国をよくするための第一歩なんだよ。それに、サラナ皇子のことは前々から気になっていたんだよね。だから、やるよ」
そう2人に伝える。「気になっている!?」とダイアンは取り乱していたけれど、クローバーは「頑張ってくださいー」と応援してくれるようだ。
よし。公的な理由もできたし、サラナ皇子を攻略するぞー。
「(……あ、居た!)」
図書館の最奥で隅っこの見えづらい席に、紫がかった黒髪と桃色がかった赤い目の青年――第二皇子、サラナ・サンク・フォティーゾ=アモル。ゲームの攻略対象その人だ。
やはり、攻略前はなんか髪が長くてもさっとしている。攻略の途中で勇気を出して髪を切って、心機一転するんだよね。
様子を観察していると、ふと彼が顔を上げた。
「っ!」
やば、目線が合った。
彼は一瞬、驚いた動作をしたあとに本を片付けてどこかへ行ってしまった。
「しまったな……次は、話しかけなきゃ」
話しかけないと、彼との関係は進展しない。
「えっと、何の本を読んでるんですか?」
翌日。
勇気を出して声をかけた。相変わらず、図書館の隅っこで、ずっと本を読んでいたからだ。
「……は?」
返ってきたのは威嚇するような、低い声。やっば、これ結構怒ってるっぽい声色だな。
「なんか俺に用? ないんなら、あっちに行けよ」
それだけ言うと、顔を伏せて読書に戻ってしまった。
「(うっわー)」
分かっていたけど、塩だ。ラーメン屋もびっくりな、あっさりとした塩対応。っていうか、声は声優さんに似てるけどちょっと違うんだね。安心した(著作権的に)。まあ、私の声も多分声優さんとは違うと思うけれど。
「……予言の本……?」
「っ! 読める、のか?」
なんと、サラナ皇子は予言に関わる書物を読んでいるみたいだった。というか、なんか日本語っぽいんだよな、予言の文献に使われている文字。
「ちょっとだけ、ですよ。サラナ・サンク・フォティーゾ=アモル皇子、ですよね? なぜ、予言の本なんか……」
「そういうあんたはラナン・イニカだろ。……俺が何の本を読んでいたって、あんたにはどうでも良いだろ。あっちにいけってば」
少し捲し立てるように言われてしまった。仕方がないので、一旦私は引くことにした。
声かけは意外と簡単だったので、次はゲーム内で彼が愛好していた魔術書のレプリカや希少な魔法石のフィギュアをちらつかせてみた。しかし――
「ふん。こんなもの、俺のコレクションに比べればゴミだ」
サラナ皇子の冷たい声と、鋭い赤い瞳に射抜かれ、私は言葉を失った。ゲームの知識だけじゃ足りない。彼の心を開くには、もっと別のアプローチが必要なんだ。
「(そうだった。この世界は、ゲームなんかじゃない)」
この世界はゲームのようだけれど、現実なのだ。サラナと向き合うなら、ヒロインの役割を演じるだけじゃなく、私自身としてぶつからないといけないのかもしれない。