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◆ 学院編 古代遺跡 -18-

 異変を悟った騎士団長が即座に王旗を掲げ、鋭い声を放つ。

「――停止!」

 号令に従い、隊列が一斉に動きを止めた。緊張が森を満たす。

「どうした、ガーロン」

 デュボアがわずかに手綱を締め、鋭い視線を落とす。

 ガーロンは返答するように全身の毛を逆立て、牙を剥いた。


 ただならぬ気配を察したのだろう。ボンシャンがヴァルカリオンから軽やかに降り立つと、地面に掌を置く。触れた瞬間、土はふわりと指先にまとわりつき、ボンシャンの手はそのまま手首の上まで土の中へと沈んでいった。

「……何かの群れが来ます。早い!」

 その報告と同時に、カナードが両手を天に掲げた。

「――障壁布陣(バリエ・ド・ロール)!」

 澄んだ声が森を震わせ、眩い結界がぱん、と空気を裂いて前方に広がった。だが、流石のカナードでも、一人で形成する広範囲の障壁は、厚みは十分とはいえず、強化障壁ほどの防御力は期待できそうにない。

 生徒たちの間に不安のざわめきが広がった。


「……何が起こっているんだ」

 俺が馬上で思わず声を漏らすと、背後からすぐにルクレールの声が落ちてきた。

「心配するな。何のために俺がここにいると思っている」


 騎士団長の檄が轟く。

「生徒は身体強化魔法をかけ、生徒を乗せた騎士は、後退せよ!」

 騎士たちが慌ただしく手綱を返す。だが、間に合わない。

「そこまで来ています!」

 ボンシャンが叫び、地面から手を抜くと、ヴァルカリオンの背に再び身を躍らせた。

「全員――戦闘態勢!」

 デュボアの声が場を震わせた。


 号令と同時に、砦の隊士たちが障壁の前へと即座に前進し、一斉に腰へと手を伸ばす。そこには魔法で小型化された槍が収められていて、柄を握りベネン(掌の魔法陣)に魔力を蓄えた瞬間、眩い光とともにそれらはすらりと伸び、たちまち本来の武具へと変じる。

 後列の騎士たちは剣を抜き放ち、ヴァルカリオン共々の防御と自身の身体強化の魔法を纏わせ、迫り来るものを迎え撃つ体勢を整えていた。

 あちこちで、「安心しろ」「何も問題はない」と、生徒たちを落ち着かせる声が聞こえて来る。


 森の奥から、木々をなぎ倒す轟音が近づく。

 鳥が一斉に飛び立ち、枝葉が弾ける。

 直後、前方の木々を揺るがすように土煙が立ち上り、岩のように硬い皮膚をもつストンボア(猪型魔獣)の群れが突進してきた。


 グリフォン隊と寮監たちがすぐさま迎え撃つ。前方で、かなりの数のストンボア(猪型魔獣)が剣と槍、魔法で仕留められる。しかし、残りの群れは何故か恐怖に駆られたかのように隊の横合いから駆け抜け、背後へと逃げ去って行った。


「……様子がおかしい」

 ルクレールが低く呟き、前を鋭く見据える。

ストンボア(猪型魔獣)は、何かから逃げている!」

 カナードの声が鋭く森に響いた。

 地の底からゴゴゴゴッ――という凄まじい音が響いて来る。

 同時に、騎士団長が手を上げた。

「――後退っ、いや、その場にとどまり戦闘態勢を維持! これは……、音を立てるな!」

 その号令とほぼ同時。

 地鳴りと共に激しい振動が大地を揺らしながら、隊列の真下を何かが通り過ぎた。

 激震。

 ヴァルカリオンたちがいななく。


 次の瞬間、

 地面が脈動し、裂けた。

 土砂を巻き上げながら、巨大な影が隊の最後尾のうしろに土中から姿を現す。


 ぬらぬらとした外殻に覆われた巨体――こいつには、見覚えがある。


 土煙の中からずるりと這い出し現われたそれは、俺たちを振り返るように首をもたげ、無数の牙に覆われた口腔をぎちぎちと開いた。


ソルヴォラックス(肉食巨大ミミズ)!」

 ボンシャンが叫ぶ。

 その名が告げられた途端、事態の深刻さを悟った生徒たちの悲鳴が、森の木々を震わせるように一斉に轟いた。


 地を割って現れたソルヴォラックス(肉食巨大ミミズ)は、かつて数多の時代から討伐の対象とされ続けてきた魔蟲(まちゅう)の一種。だが太古に比べ、数は極端に減り、今では滅多に姿を見せない――そのはずだった。


 大地の下を自在に駆け、群れをなすこともなく、音に敏感に反応しては地表に飛び出し獲物を丸呑みにする。ただ、頻繁に捕食するわけではない、しかし、一度狙われれば抗うことは困難。

 目は見えず、視覚に頼らないその感覚だけが、獲物を察知する手段だ。

 さらに陽の光を嫌うため、深い森の影が奴らにとって格好の狩場となる。

 ただし、地中では驚くほどの速度を誇るものの、地上に姿を現した時には動きが鈍くなる。その一瞬が、人の側にとって唯一の好機。


「アルチュール……」

 覚えず、小声で名を紡いでいた。


 原作のスタンピード(魔物の集団暴走)に現れ、アルチュールを追い詰めたやつだ。

 駄目だ、震えるな。落ち着け。

 あれはスタンピード(魔物の集団暴走)の真っ只中だった。だが、今回は違う。

 アルチュールはあのとき、一人で飛び込んで行った。今は、リシャールもナタンも、俺も、寮監たちも、数多の騎士たちも居る。


「……怖いのか?」

 背後から、低く響く声が肩越しにかかった。

「違う」

()()()の心配か」

 即座に否定した俺を見透かすように、ルクレールが静かに続けた。

 彼の名を口にしたのが聞こえていたのだろう。


「前進!」デュボアが強い光を帯びた眼差しを前方へと向ける。「奴は陽光を嫌う! ここは木の陰があるからこそ、今、地上に姿を現している! 前進! 荒野はそこだ! 森を抜けろ! 光の下でなら、奴は長くは地上に留まれん!」


 デュボアの第一声の直後、グリフォンに跨る砦の隊士たちが、一斉に動いていた。

 彼らは先に仕留めたストンボア(猪型魔獣)の死骸を槍で突き刺し、空中へと飛び上がると渾身の力で放り投げる。

 血と土の匂いをまとったその巨躯(きょく)は弧を描き、ソルヴォラックス(肉食巨大ミミズ)の目前へと叩きつけられた。


 ぬらつく外殻をくねらせ、魔蟲(まちゅう)が耳障りな咆哮を上げる。次いで、その口腔が裂けるように開かれ――ゆっくりと死骸を丸呑みにした。

 咀嚼の音が生々しく森を震わせ、生徒たちの顔から血の気が引いていく。


 騎士団長も叫ぶ。

「――前進! ファリア・レマルドの遺跡を目指せ! 森を突き抜けよ! 遺跡は魔力防壁に護られている! 結界の内に入れば、奴も手は出せん!」

 と同時に、騎士たちが一斉に前進し、森の出口を目指して駆け出した。


「ここからまだスピードを上げる! 全力疾走、いくぞ!」

 ルクレールが叫ぶ。

「了解」

 俺は短く応え、鐙にかける足に力を込めた。

 ドラゴンに空から追われても逃げ切れるほどの俊足を誇るヴァルカリオン――その圧倒的な速度と疲れを知らない持久力が、今ここで俺たちに希望を与えている。


お越し下さりありがとうございます!

(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾


現在、前回の戦闘シーンが始まってから既に「R15」に指定していますが、「15歳未満の年少者にとって、刺激が強いと考えられる描写【例】性交・性的接触等の性的感情を刺激する行為を想起させる描写」がこの先、出て来ますので、ご注意くださいませ。

宜しくお願い致しますです。

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