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◆ 学院編 古代遺跡 -16-

 俺の隣では、パイパーの横に立っていたルクレールが軽やかに(あぶみ)に足を掛け、鞍へと身を預ける。その動作は、何気ないのに無駄がなく完璧に洗練させれていた。

 そして、手綱を手に取ると同時に、俺へと片手を差し伸べる。

「セレス、来い」

 鍛えられた指の節々まで美しく、迷いのない所作。

 軽く顎を上げて見下ろす赤い髪の男の姿は、否応なしに絵になる。


 ――ああ、ちくしょうっ。何でそんなに様になるんだよ。


 胸の奥が熱くなり、見惚れてしまった自分に苛立ちながらも目を逸らせない。


 悔しさを噛み殺しつつ、俺はルクレールの手を取った。

 ぐっと引かれる力に逆らえず、次の瞬間、彼の前へと抱き上げられるようにして鞍に座らされる――いや、一瞬、実際に抱き締められた。


「……やめろ」

「何がだ?」

 すっと耳元で返され、思わず肩が震える。

「今みたいな……そういう、行為だよ」

「本気で嫌がってる相手に、俺はしない――俺には、他人が見えないものも視えている。お前の"光"は、俺を拒絶していない」

 頭の中は言葉で満ちているのに、何ひとつも口にできなかった

 広い胸板がすぐ背後に迫り、馬上の高さと彼に囲われる感覚で、全身が熱くこわばる。


 前方では、デュボア寮監が騎士や生徒たちに向け、出立前の最後の説明を簡潔に述べていた。二日前に開かれた説明会の繰り返しであり、要点だけをさらりと確認する程度だ。

 だが、その声音は緊張を帯びている。ここから先は完全に魔物の領域――。

 砦の兵から、無言で生徒一人ひとりに剣が渡されていく。


 俺の手にも、重みある剣が差し出された。馬上からそれを受け取り、腰へと収める。


「なあ、ルクレール」

「ん? どうした?」

「そのあんたの腰の剣、俺がエクラ・ダシエを反転させて作ったんだからそっちを返せよ。交換しろ」

 わざとぶっきらぼうに背後の男へ言葉を投げかけた。

 わずかな沈黙ののち、後ろから低く笑う声が届く。

「それは断る」

 俺はむっとして振り返ろうとしたが、背後から肩を押さえられ、動きを止められた。

「お前が作ったってだけで、どんな名剣より価値がある。……これはもう、俺の剣だ。大切にする。一生――」

「……い、いちいち、いちいち、……なんだよ。その口説き文句みたいな言い方」

 吐き捨てるように言えば、ルクレールはためらいもなく囁いた。

「口説いてるに決まっているだろう。誰にでもこんなこと言うと思うか?」

 くそっ、跳ねるな、俺の心臓。耐えろ。耐えてくれ。

「思う」

「……ああ、……なるほど――これか。……デュラン副官が言っていたことがようやく分かった気がする」

「なんだよ?」

「いつか心から欲する者と出会った時、今までのお前の振る舞いが相手を遠ざける刃になる。そう言っていた。先ず、そんな心から欲する相手なんて現れるもんじゃないと思っていた……。だから、俺にとっては別にどうでもいいことだったんだが……」


 頼むから、お願いだから……もうこれ以上、混乱させないでくれ。


 思わず、外套のフードの中に手を差し入れ、髪を結んでいる組紐に指先で触れた。

 柔らかく編まれたその感触が、かすかな安心をくれる。

 目を閉じ、深く息を吐きながら、心の中でそっと名を紡ぐ。


 アルチュール……。


 その一言だけで、胸の奥がひりつくように熱くなる。


 そのとき、デュボアの声が鋭く轟いた。

「これより巨石遺跡『ファリア・レマルドの環』へ向かう。ここから先は魔物の領域だ。気を引き締めろ!」

 緊張が一気に広がり、空気がぴんと張り詰める。


「……セレス」

 ルクレールの右腕が、馬上でそっと俺の腰を抱いた。

「俺がお前を守る」

「俺は、そこまで弱くはない」

「ああ……そうだったな。お前は守られるだけの存在じゃない。俺と肩を並べるにふさわしい相手だ。益々、お前が欲しくなる」

 からかい混じりの調子とは違うその言葉に、心が一瞬だけ揺らぎ――すぐに首を振った。

 今は、余計なことを考えている場合じゃない。


オリフラム(王旗)を掲げよ!」

 今度は、ボンシャンの声が中庭に響き渡ると、騎士団長が王軍の旗を頭上へと押し上げた。

 次の瞬間、騎士たちが(とき)を上げる。

「おおおおお――!」

 その声が空に消えた瞬間、ヴァルカリオンが前足を力強く踏み鳴らし一斉に動き出した。


 門を抜けた先には、すでに砦の隊士たち八名が待ち構えていた。

 彼らの騎獣は、いずれも金と白の羽毛に覆われたグリフォン――鋭い鷲の眼差しは陽光を映し返し、その翼を軽く広げただけで周囲の空気を震わせる。


 八体のグリフォンは、風・火・水・土の四属性ごとに二体ずつ振り分けられ、主を乗せて整然と並び立った。その堂々たる姿は、これよりヴァルカリオンの隊列を左右、または前後から堅固に護ることになる――まさに威容。


 そして、デュランが左手首に指をかける。

「来い、ガーロン!」

 澄んだ音を立ててブレスレットが外れると、漆黒の毛並みをまとった巨大な狼――黒狼(こくろう)ガーロンが現れた。彼は鼻をひくつかせると、すぐさま進むべき道を嗅ぎ取ったかのように前へと躍り出す。

 騎士団長が高らかに声を放つ。

「――進軍せよ!」


 隊列の先頭を駆けるガーロンが黒い影となって先導し、その後を騎士と砦の隊士たちが整然と続いた。

 金白の翼を揺らすグリフォンは、広めの森道を悠々と走り、ただそこに居るだけでも周囲に威圧感を放つ。道幅は冒険者たちも通れる程度に確保されており、険しい悪路ではないため、足並みが乱れることもない。


 森の奥でゴブリンのような二足歩行の小型魔獣が何匹か顔を覗かせたが、グリフォンやガーロン、ヴァルカリオンを目にした瞬間、恐れをなして茂みへと逃げ去って行った。彼らの存在だけで、雑多な小物は容易には襲いかかっては来ない。


 休むことなく長時間に及ぶ行軍を続け、やがて川辺に出ると、俺たちはようやく束の間の休息を取った。木々が開けた場所から、遠くに石造りの建物の影がうっすらと見え、遺跡はもう目と鼻の先に迫っていることを告げている。


お越し下さりありがとうございます!

(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾


「Hissons nos couleurs イッソン・ノン・クーラー 旗を掲げよ」か、「オリフラム 王旗」か……と迷って「オリフラム」となりました。

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