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◆ 学院編 古代遺跡 -15-

 胸の奥を、ぐらりと大きく揺さぶられた。

 思わず息を呑む。喉がきゅっと詰まる。

 アルチュールのことで頭がいっぱいなのに……、心臓が、バクバクと鳴っている。


 ルクレール・シャルル・ヴァロア。

 いや、俺の中では「ルーク」という名前の方が、ずっと強く馴染んでいる。

 原作に出てきたあの少年ルークは、リシャールの気持ちがアルチュールに流れてしまったあと、傷心のセレスタンを慰めてくれた存在だった。

 マリンボール先生は言っていた。「いつか、成長したルークとセレスタンのその後を書きたい」と。


 ――ルークの成長後の設定を少しだけ……。背はぐーんと伸びて、かなりのイケメンになる予定。剣のセンスもバッチリなので、将来的には騎士団入り。色気駄々洩れゴージャス眼帯騎士です。最初はじゃれつく子犬だったのに、気づけば立派なオオカミに……。

 #ルーク成長記 #騎士団 #少年の成長 #ルクセレ


 先生は、SNSの『Z』にそう投稿していた。

 そして、俺は「ルク×セレ、目茶苦茶ありだな」と、心の底から楽しみにしていたんだ。だからこそ、彼には特別な思い入れがあった。


 ……ルクレールは、ルークではない。

 なのに、どこかに確かに残っている「ルーク」を感じてしまう。

 だからなのか……、俺は――ひどく混乱している。


 デュランの落ち着いた声だけが、冷たい水滴のようにその動揺の真ん中に落ちてきた。


「……散々手を焼かされたんだがな……。不思議なものだ。誰よりも自由気ままに見えるのに、放っておくと危うい――そう思わせる生徒は、今まで、後にも先にも彼だけだった。……結局、心配で仕方がないんだ、私は……」そこでデュランは小さく小首を傾げると、半ば独り言のように続けた。「はぁ……シルエット君かあ……。いやあ……、まったく、ヴァロアには気の毒だが、今回は相手が悪かったな……」

 その最期の言葉は、囁くように掠れ、すぐに彼は手元の懐中時計を取り出した。短く時刻を確かめ、視線を再び俺へと戻す。

「さて、……そろそろ休憩時間も終わりだ。セレス、部屋に戻って出立の準備をしなさい。呼び止めてすまなかった」

「いえ……あの、丸薬、ごちそうさまでした」

「気に入ったのなら、また食べに来い。薬としてではなく、気持ちを落ち着ける助けにもなる。では、またあとで」

「はい」

 ありがとうございます、と小さく呟き、俺は軽く頭を下げてから部屋に戻り、荷物をまとめ直した。


 ――といっても、昨日のうちにほとんど整えてあったので、確認をすれば終了だ。

 綾ちゃん、お兄ちゃんは成長しました。


 尚、この袋は中が拡張されるだけでなく、口をきっちり閉じている限り、中のものは絶対に外に出ない。外からも中へは何ひとつ入らない――勿論、水も。つまり、完全防水仕様。

 なんて優秀な代物なんだろう。

 ポケットから鍵を落としたり、筆記具をどこかに置き忘れたりする俺のような不注意者にとっては、まさに救いの神器。


 腰に革袋のベルトを巻いて、外套を羽織る。

 深呼吸して廊下に出ると、冷えた石床(いわとこ)を靴底が軽やかに叩いた。

「ふぁあ……朝食べて腹いっぱいになったら、また眠くなってきた……」

 最後に部屋を出て扉を閉めるヴァロンタンが、あくび混じりに呟く。

「今日は昨日より少し暖かいな」

「風もあまり冷たくない。出立には悪くない日和だ」

 そう言ったのは、前を歩いていた二人組――モンレーヴ伯爵家の双子の兄弟、マチアスとルシアンだった。疾走訓練で体調を崩して救護室に運ばれた彼らだが、今朝は顔色もよく、並んで歩く姿に覇気が戻っている。

「お前ら、今日は気分が悪くならないようにな」

 ヴァロンタンが軽口めかして声を掛けると、「この野生児め」「ちょっとその体力を分けろ」と言って、双子は揃って苦笑した。

 そんな他愛ないやり取りを交わしながら歩いていくうちに、賑やかな一団は外の廊下を進み、やがて中庭へとたどり着く。

 そこには、ヴァルカリオンと騎士たちが属性ごとに整列して待っていた。

 鎧や武具が朝日にわずかに光を反射し、空気は引き締まっている。


 俺はルクレールのもとへ向かい、軽く頷く。

 しかし、心はどうにも落ち着かず、感情が渦を巻いている。色々なことが頭の中を(めぐ)り、まともに目を合わせることすら難しい。

 そのとき、パイパーが長い首を伸ばし鼻先をぐいと押し付けてきた。

「挨拶してくれているのか? おはようパイパー」

 苦笑しながら、その柔らかな頬に自分の額を寄せ、軽く唇で触れる。


 そんな俺を背後で眺めながら、悩みの種の張本人は、大変、明るく上機嫌だ。

「おはよう。よく休めたか、セレス?」

「ん……」

 俺が曖昧に答えると、ルクレールは「どうした、頬を膨らませて、口までとがらせて……」と言って、少し首を傾げてからにやりと笑った。

「もしかして、キスでもして欲しいのか?」

 耳元に顔を近づけられ小声で囁かれ、俺の顔は一気に真っ赤に染まる。

「なっ、何を……っ!」

 思わず俺が声を上げた瞬間、ルクレールの眉根がぴくりと寄った。

「……セレスの口から、デュラン副官の香りがする」

「あっ……」自分では気付かなかったが、そういえば――「丸薬、食べた」

「……近寄れないじゃないか……」

 それを聞いて、俺は「好都合」とばかりに、ふーふーと彼に息を吹きかけ始めた。

「おい、やめろ……っ」

 ルクレールが顔をしかめて手で払う。だが、怒っているわけではなさそうだ。

 まるで対ドラキュラ用のニンニク臭でも吹きかけられているかのような態度に、つい笑いが込み上げる。

 ルクレールもやがて肩を震わせ、堪えきれずに笑い出した。

「ははっ……こんなこと俺にする奴は初めてだ、セレス」

 お互いに顔を見合わせて笑い合った……、そのときだった。


「――騎乗ーーーッ!」


 中庭にヴァルカリオンに跨ったデュボアの力強い声が響き渡る。

 整列していた騎士たちが一斉に動き出し、鎧の金属音とヴァルカリオンたちの(いなな)きが重なる。場の空気は一瞬で引き締まった。


お越し下さりありがとうございます!

(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾


再び、ルクレールのターンです。

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