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◆ 学院編 古代遺跡 -11-

「ルクレールが、セレスに興味を持ったのは……私のせいだ」


 唐突な言葉に、思わず眉を(ひそ)める。

「……どういうことですか?」

 俺の問いに、リシャールは淡々と続けた。


 聞けば、彼は、かつてルクレールの指導を受けていた子供の頃、剣や勉学の話題を俺――というか、セレスタン本体と結びつけ、ルクレールに語って聞かせていたのだという。

「セレスはもうこの本を読んで知っていた、セレスは未だ加護を受けていないのに氷が作れる……、と、ことあるごとにお前のことを話していた」

 俺は、苦笑に似た声を漏らした。

 そんなこと、「別に謝ることではないでしょう」と俺が言うと、リシャールはかたくなに首を横に振る。

「でも、ルクレールが俺に興味を持ったとしたら、……俺の『光属性』のせいだと思いますが?」

「それは、結果にすぎない。きっかけを作ったのは私だ」

 大げさな……と、俺は思ったが、リシャール本人は至極真剣だった。


「子供の頃だけじゃなく、最近も……、今まで、私は君よりほんの少し背が低く、華奢で、並んで立つとどうしても劣って見えた。それがずっと、私の中で引っかかっていた。学院に入学する前、短期間だったが、剣と弓を含めた武術の指導をルクレールから集中的に受けた。ガーゴイルの件は想定外だが、学院では、今回のように危険を伴う行事も少なくない。私は、……大切な友人を守れる男になりたかった」


 その『友人』という響きに、胸の奥が妙にざわめく。

 月明かりに揺れるリシャールの眼差しは、ただの友情と呼ぶには、どこか熱を帯びすぎている。


「私は、セレスから見て、王子としてではなく、また、友以上の……頼られる存在になりたかったんだ」

 リシャールは声を荒げるでもなく、ただ淡々と告げる。


 けれど――殿下、あなたは気付いていないのかもしれないが、それってもう告白と同じじゃないか。


 真っ直ぐな眼差しに射抜かれて、なにも言えず、俺はうつむくことしか出来なかった。

「だからこそ、この半年、背が伸びたことを機に、武道を極めようとした。君と並んでも、引けを取らない男になりたかった。それを全て彼に伝え、協力してもらった」

 俺はその言葉に驚き、思わず顔を上げてまじまじと殿下を見た。


 ……いや、ちょっと待って。


 華奢で、はかなげで、麗しい『受け殿下』を『攻め殿下』へと変えた張本人って……、


 ルクレール、お前だったのか。

 物語の基礎が崩壊しちまったじゃないかよ!


 ほんの一瞬、俺の胸に、ルクレール・シャルル・ヴァロワ騎士に対する黒い殺意が芽生えた。


 リシャールは視線を落とし、俺の驚きをよそにゆっくりと言葉を探すように続けた。

「君がどれほど美しくても……、それを私が彼にどれほど伝えても、……ルクレールがお前に心を寄せるはずがないと、ずっと信じていた。我々王族に、公務ではなく私的に近付く者の多くは、子供でさえ親の思惑に操られ打算を抱えている。だがセレスは違った。純粋に、真摯に向き合ってくれる……心までも美しい。それを彼に話しても、そんなお前でも、ルクレールがセレスに惹かれる理由は見当たらないと思っていたのだ。

 ――あの男は……本当に、女性にしか興味を示さないから」


 リシャールは視線を上げ、ためらいのない声音で言い切った。

「そこに何か理由でも?」

「それは……、少し話は長くなるが、実は、彼は魔眼のせいで、生まれてすぐの頃から顔に半面をかぶせられ塔の中で育った」

「え……?」

 その言葉に俺の心臓が大きく跳ねた。


 塔に閉じ込められた少年。

 ……まさか。

 原作に出てきたあの名を、思わず心の奥で呼んでしまう。

 やはり、ルクレールが――赤い髪のルークなのか。


 リシャールの声が、夜気に沈む。

「左目に宿ったその魔眼を抑え込むため、面には強力な封印の術式が刻まれていたが……魔眼ゆえに完全に押さえ込むことはできなかった。その面には、右目の部分だけ穴が開けられ、わずかに外が見られるようになっていた」


 俺は思わず息を呑む。

 面を付けられ、閉じ込められ、狭い窓から世界を見続けた幼少期――想像するだけで、胸が冷たくなる。


「当初、彼に接することを許されたのは、ルクレールを溺愛していた母親と、盲目の侍従――彼は、元々は騎士だった。仲間を庇って大怪我を負い、失明と共に退官したが、あまりにも勘が鋭かったので、一年も経たないうちに視力を失っても身の回りのことを一通りこなせるようになっていた。しかも、今まで読んだ本は一字一句忘れず、音読できるという特異な記憶力を持っている――ある種の天才なのだろう。その才を惜しんだ当時の近衛騎士団長が、ヴァロア家に推薦した」

「つまり、魔眼の影響を受けない人物を教育係にしたということですか?」

「そうだ。彼は視力を失いながらも文武に通じ、礼儀も武術も申し分なく教え込んだ」


 なるほど。

 もとよりヴァロア家は武官の名門。歴史上、武の天才を幾人も輩出してきた血筋。さらに、まるで武のために生を受けたかのような、あの恵まれた体格の良さ――察するところ、


「ルクレールが、魔眼を自ら制御できるようになり、塔を出る頃には既に並の剣士を凌ぐほどの腕前になっていた」


 だろうな。

 頭の中で、剣を持って彼の前に立つ場面を想像しても、打ち込める隙が、ほぼない。


「それから学院に入る前、人との接し方を学ぶために、頻繁に外に連れ出されるようになり、その時、彼は近衛騎士団長に武道の腕を買われて、私の家庭教師としても迎えられた。幸い、私は始祖の血を引いているため、魔眼に耐性がある――ああ、近衛騎士団長は外縁の王家直系男子で、彼も耐性がある。早い段階でヴァロア家に許可を貰い、忙しい立場の中、時間を作ってはルクレールの様子を見に訪れてくれていた。彼が弓の技術を叩き込んだ。……やがては、侍従と二人で杯を傾けるほどの親交を結ぶまでになったらしい」

「……リシャールも……、その侍従に会ったことが?」

「ある。ボンシャン寮監とオベール警備官と同期か……一つ下か上だったはず……。サロンで月の女神と(うた)われていたカナードの母方の親戚だ。面差しがよく似ていて……男でありながら、どこか目を惹くものを持っていた」

「ジャン・ピエール・カナード寮監の?」

「そうだ。何も見えていないのに堂々とした立ち居振る舞いで、目を合わせずとも心を見透かされるような人物だ」

 リシャールの声には敬意が滲んでいた。

「今は?」

「元近衛騎士団長で現騎士養成所教官の屋敷に執事と言う名目で一緒に住んでいる」


 あっ……、これ、"尊い"やつだ……。


お越し下さりありがとうございます!

(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾

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