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◆ 学院編 古代遺跡 -9-

  ༺ ༒ ༻



 そのまま騎士と生徒はそれぞれの宿泊棟へと案内された。

 属性ごとに割り当てられた広い大部屋で過ごすことになり、俺も脱いだ外套を大雑把に抱えて中に足を踏み入れる。

 石造りの壁に沿ってカーテン付きの二段の簡易寝台が並び、縦にスライドする窓にはヴェール・アンシャンテ――魔法で強化された月映石(げつえいせき)の硝子板――がはめ込まれていた。外気や瘴気を遮断しながら視界を確保できる実用的な造りで、砦では標準装備とされている。

 傾きかけた陽がそれを透過し、森の縁を金色に染めながら室内へ穏やかな光を落とす。

 腰に下げていた革袋を壁に掛けると、ようやく全身の力が抜けた。身体の節々が痛い。

 部屋を見渡したところ、みんな思い思いに寝台へ腰を下ろし、疲れた顔で横になったり、水筒を傾けたりしていた。ただ、何人か姿が見えないことに気付く。救護室に行っているのだろうな……、と想像しながら視線を戻す。

 夕飯までは部屋から出てはならないが自由時間だと伝えられており、しばしの間、緊張から解き放たれる。


 俺は外套を畳んで枕元に置き、ベッドに大の字になって倒れ込むと深く息を吐いた。

「なあ、セレス、さっきの騎士団の立ち回り、凄かったな!」

 上の寝台からひょこりと顔を覗かせ身を乗り出してきたのは、ヴァロンタン・マルセル・ガルニエ――ガーゴイル討伐後、回廊から手を振って来たうちの一人だ。


 元気だな、お前。

 担当騎士が、馬ドンとかするやつじゃないんだろうな。いや、そんなことをするのは、あの野郎ぐらいか。

 俺は今、身体の疲労もそこそこあるが、精神の消耗を痛感している。疲れたよ、パト〇〇シュ……。体も心もぐったりだ。

 あっ、そういえばヴァロンタンは、ヴァルカリオンの疾走訓練のあともぴんぴんしていた。なるほど、ガルニエ辺境伯の三男――こいつはアルチュールと同じ、野生児だった。


 彼は、俺が返事をするより早く、身振り手振りを交えて続けた。

「馬上でのあの(かちどき)! あんなの、教本じゃ絶対に学べないよな。痺れるだろ!」

「確かに、一体感が凄まじかった」

「でもさ、俺の担当騎士、凄く怖いんだけど」

「いやいや、それがまた『騎士様』って感じだろ」

 他の仲間たちも、肩をすくめたり、笑ったりしながら会話に加わっていく。


 どこの女子会のトークだよ、これ。

 

 数日前、レオが言っていた。

 この課外授業が終わると、けっこうな数の生徒が騎士に手紙を出す。

 憧れとか、感謝とか――時には……恋文まで。

 聞いていたネージュが、レオの見えない所で、カタカタカタカタと震えていたのは、言うまでもない。

 ああ、寝る前にネージュに連絡を入れなければ……。いや、今、彼は自分の推し(レオ)の部屋に居るから、まあいいか。


 にぎやかなやり取りを耳にしながら、俺は腕を額にかざした。

 ルクレールのことさえなければ、今ごろ俺は、特大の「ぐふぅ」を心の中で連発していたことだろう。

 尊い空間に居るはずなのに、さっきの彼の行動が頭の奥で反芻思考され、どうにも心がざわついて仕方ない。


 騎士が(ひざまず)く元々の意味ぐらい、俺だって知っている。ドメワン原作本編では、アルチュールがリシャールにやった。永遠の忠誠だ。ただ、この物語の中で手に口づけを落とすのは、忠誠を誓い、敬い、愛を誓う、または、乞うときだ――助けて、ネージュパパ。

 あ、駄目だ、あいつ震えて泣き出して歓喜して叫ぶだけだよ、この案件。


 やがて、廊下に足音が響き、デュラン副官が夕食の時間を告げに来た。各部屋から一斉にざわめきが広がり、生徒たちはそれぞれの属性ごとに食堂へと誘導されていく。


 石造りの大食堂は、焚き火のような暖かな灯りに包まれ、すでに運ばれている料理の香りに、空腹を思い出した腹が小さく鳴る。


 席は決まっており、隣に座った者と簡単な言葉を交わしながら、差し出されたパンやスープを口に運ぶ。訓練の疲れを忘れたかのように、皆ほっとした表情を浮かべていた。


 俺も匙を手に取り、温かな味を喉に流し込みながら、ようやく一息ついた。


 食事を終えると、再び各部屋へと戻された。魔物との境界線に位置する砦の特性上、夜間は外出禁止とされており、廊下には安全を確保するため、砦の隊士が見張りとして配置されている。

 部屋には簡素ながらもシャワー室と水回りが直結しており、不便は感じない設備だった。


 厚い石壁に守られた空間は外の静寂と切り離され、かすかな水音や寝台の軋む音が、妙に際立って聞こえる。疲労と緊張の余韻がまだ残る中で、俺たちはそれぞれの持ち場に落ち着き、次第に部屋全体が安らぎの空気に包まれていった。


 寝台へ腰を下ろし、同室の生徒たちがそれぞれ静かな時間を過ごし始めたころ――。


 コン、コン。


 窓ガラスを叩く小さな音に、思わず肩が跳ねた。外はもうすっかり闇に沈み、森の輪郭がぼんやりと浮かんでいる。その影の中に、見慣れた金の髪が揺れていた。


お越し下さりありがとうございます!

(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾


次は、攻め殿下のターン。

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