◆ 学院編 古代遺跡 -7-
ルクレールのもとへ向かうと、彼は既に手綱を握って待っていた。鋭い眼差しをこちらに向け、短く問いかける。
「少しは休めたか?」
「まあな」
俺が答えると、彼はふっと笑い、ヴァルカリオンの首を軽く叩いた。
すると、巨体の駿馬は鼻先を俺の肩に軽く押し付けてくる。小さいとはいえ額に角があるので注意しながらそっと撫でると、短く鼻を鳴らして受け入れてくれた。
その様子を見て、ルクレールが低く呟く。
「初対面の相手に、騎獣ヴァルカリオンがこうも心を許すとは……珍しい……」ルクレールは短く息を吐き、目を細めた。「この種を初めて乗りこなしたのは、始祖だと伝えられている。比較的大人しい個体同士を掛け合わせ、丈夫で従順な在来の馬の種も入れ改良が重ねられて、人を乗せても暴れない今の姿になったが、昔は近付くだけで拒み、荒野の幻獣と恐れられていた」
「ああ、知っている。現在も野生のヴァルカリオンは怖ろしいし、角はもう少し大きい」
そこで一拍置き、ルクレールは魔法布の眼帯で覆っていないほうの片眼で意味ありげに俺を見た。
「――始祖が光の力を帯びていたため、惹かれて従ったのだといわれているが……、こいつも無意識に応じているのかもしれないな」
ヴァルカリオンはさらに甘えるように俺の胸元に顔を押し付けてきた。
大きな瞳が潤んで見えて、思わず両手でその顔を抱き込むように撫でてやる。温かくて、やわらかな毛並みに指先が沈む。鼻をすり寄せる仕草が、こんな巨体なのに驚くほど愛らしい。
「……すごくかわいいな」
思わず声が漏れた。
顔を埋めるように撫でながら、ふと問いかける。
「この子は、あんたの馬なのか?」
問いかけられたルクレールは、一瞬だけ言葉を失ったように俺を見つめた。まるで、馬ではなく俺の方に意識を奪われていたかのように――何とも言い難い表情を浮かべ、ようやく口を開く。
「……ああ……、いや、違う、俺の馬じゃない。俺のは赤毛のヴァルカリオンだ。……会いたいか?」
「赤……?」
問い返した俺を見て、ルクレールは微かに目を細めた。
「俺の赤髪と同じ色合いだ。爆走させると、たてがみが風を裂いて燃え立つように揺れ、まるで炎を撒き散らしながら走るような光景になる。火焔の幻獣と見紛うほどにな」
少し興味は惹かれた。だが、ここで素直に「会ってみたい」と答えるのはなんだか癪にさわる。わざわざこの男の思惑どおりに動かされるようで、口の端まで出かかった言葉を飲み込み、曖昧に黙り込んだ。
ルクレールは穏やかに口角を上げ、手綱を捌きながら言った。
「セレス。お前を俺の愛馬のもとへ連れて行ってやるぞ」
「殿下も……一緒なら……」
条件のように答えると、彼の眼差しが愉快そう弧を描く。
「駄目だ。そうだ、なんなら今度、お前を攫ってでも行こうか」
囁かれた言葉は、物騒な響きを含んでいるのに妙に艶やかだった。
「……あんたが言うと、笑えない。悪い冗談はやめてくれ」
苦笑しながら言い返す俺の横で、ヴァルカリオンは嬉しそうに鼻を鳴らし、今度は頬を押し付けてきた。
「さあ、乗れ。そろそろみんなの準備が整いそうだ」
ルクレールが軽やかに鐙を踏み、鞍に跨る。手綱を握り直しながら、顎で俺を促す。
伸ばされた手を取り、俺もヴァルカリオンの背に身を預けた。
すぐ背後から伸びてきたルクレールの腕が、俺の両脇を抜けて手綱を握る。肩越しに感じる息遣いがやけに近く、無意識に背筋が強張った。
デュボアからオアシスを発つ号令がかかり、風・火・水・土――それぞれの属性ごとに騎士団が列を組んでいく。
乾いた砂の地平に、騎士たちが騎獣を操りながら整然と並んだ。
やがて、荒野に静寂が訪れる。
息をひそめるような一瞬の間を置いてラッパの音が轟いた。
その直後――、
「我らは盾!」
響き渡る騎士団の第一声に、砂の大地が震える。
呼応するかのように、ヴァルカリオンがその場で二度、力強く足を踏み鳴らす。
ドッドッ――と、砂を揺らす音が重なり、胸の奥まで響きわたった。
他の騎士たちと共に、ルクレールも叫ぶ。
「我らは矛!」
重なる第二声が荒野を貫いた。
「王国の礎は我らなり!」
三度目の鬨が、一斉に天を突く。
そして最後に、荒野全体を揺るがすような雄叫びが轟いた。
「おおおおおおおーーーッ!」
反響する大音声が、まるで砂漠そのものを震わせるかのように広がっていく。
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騎士っていいですよね♪




