◆ 学院編 古代遺跡 -6-
༺ ༒ ༻
遠くでラッパが高らかに鳴り響き、同時にデュボアの号令がオアシスに響き渡る。
「休憩は終わりだ。全員、集合せよ!」
ほんの束の間、外套に身を包み、三人で横になっただけのはずだった。いつの間にか眠りに落ちていたらしい。瞼を持ち上げると、すぐ目の前、本当に拳一個分の距離にアルチュールの顔があり、思わず息をのむ。至近距離で視線がぶつかり、お互いに一拍遅れて赤くなった。
慌てて姿勢を正すと、背後でナタンも欠伸混じりに上体を起こした。眠そうな目をこすりながらも、すぐに状況を察したのか、何も言わずにきびきびと支度を始めたかと思うと、「セレスさま、またあとで」といって駆け出して行った。だが、疾走訓練の疲れがまだ残っているのか、最初の数歩は足取りがふらついて見えた。それでも必死に踏ん張り、やがて小走りに遠ざかっていく。
風の班の集合場所はここから一番遠いが、流石、勤勉実直、時間厳守な元侍従だ。頭の良さとこういうところだけは尊敬する――ヘンタイだけど。
騎士たちが次々に声を掛け合い、馬を立ち上がらせ集結の準備に入っていく。
「行くか」
アルチュールが腰を上げると、自然な動作で手を差し伸べてきた。
同じ体格の同性相手に、よくもまあ、まるで淑女や姫君にするような振る舞いが出来るものだと、呆れるやら感心するやら。
……いや、待てよ。身長は同じだか同じ体格……ではない。体格はむしろ彼の方が勝っている。厚い胸板、全体的に締まった筋肉のつき方。
俺というか、セレスタンはどうにも筋肉がつきにくい質らしい。
はかなさを削ぎ落とされたリシャール殿下、意外に鍛えられているナタン、均整のとれた筋肉を持つアルチュールと並べば、多分――と曖昧にしておきたいところだが、確実に俺はこの中で一番華奢な部類に入るだろう。
ヤバいな……。
なにがヤバいかは言いたくないが、これは、いわゆるヤバい。
俺の好きなシチュの中で、俺は今「右」の立ち位置に居ることになってしまう。
「……もう自分で立てる」
小さく首を振り、俺は自力で砂を払って身を起こし外套を羽織り直した。
ほんのわずか、アルチュールが不服そうに唇を引き結ぶ。何か言いたげな視線を寄こしてきたが、結局口にはせず、そのまま共に歩き出した。
やがて、それぞれの担当騎士のもとへ向かうため、俺とアルチュールは一度、足を止めた。
その瞬間――、
「セレス」俺の腕を掴み呼び止めたアルチュールは、いつになく真剣だった。「……気を付けてくれよ」
念を押すように言うと、アルチュールは腰に下げた革袋から一本の組紐を差し出してきた。
淡い銀糸と深い青が織り込まれた細工の細やかな紐が、光を受け、さりげなく艶やかに輝く。
「これは……?」
戸惑う俺に、アルチュールはわずかに視線を逸らしながら言った。
「今、セレスが使ってる、その髪紐と交換してくれ」
「え?」
思わず聞き返す。
「いつも剣術の稽古のときも、授業で体を動かすときも、セレスは髪を縛っているだろう。……だから」
落ち着いているのに、どこか強引さと照れが入り混じった声だった。
俺は困惑し、苦笑いを浮かべる。
「いや……それ、どう見ても俺のより高そうだろ。もったいないって」
高そうだとか、もったいないだとか、公爵家嫡男がもっぱら口にしそうにない台詞だな……と思いつつ、ごまかすようにそう言ったが、アルチュールは一歩も引かない。
観念した俺は、髪をほどいて自分の紐を外し、彼に渡した。
そして差し出された組紐で髪を結び直す。触れると、絹糸のように滑らかな感触が心地いい。
横目で見ると、アルチュールもまた俺が渡した紐を手に、自分の髪を結んでいた。
彼の指先で扱われると、ただの紐が大事な品のように見えるのだから不思議だ。
「今から、この髪紐を、俺のタリスマンにする」
アルチュールが小さく呟く。
思わず笑いそうになったが、俺も答える。
「じゃあ、俺も、アルチュールからもらったこの髪紐をタリスマンにするか」
互いに結び終えると、一瞬だけ視線がぶつかる。
「セレス、……乗馬の訓練、がんばれよ」
アルチュールが短く言った。
「ちょっと、自分が上手いからと偉そうに」
俺も返す。
言葉は少ないのに、不思議と胸の奥に温かさが残った。
「じゃあ、またあとで。……砦で」
背を向ける直前、アルチュールが少しだけ名残惜しそうに微笑んだ。
「ああ」
俺も頷き、ほんのわずか遅れて歩き出した。
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久しぶりに、アルチュールと二人っきりの時間でした。




