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◆ 学院編 古代遺跡 -5-

「……なるほど、ナタンが毎日記録したくなるのもわかる」

 指をすり抜けていく髪の感触に夢中なアルチュールを、俺は必死に払いのける。

「こらっ。紐で結んでいるのに、バラすな」

「ほどけたら結んでやる」


 少し前までなら、彼は、絶対にこんなことは言わなかった……。


 やけに距離を詰めてくる。

 それを迷惑だと思うはずなのに――思えない。

 耳のすぐ近くを撫でていく指の感触が、どうしようもなく心地よくて、無理に払いのければ逆に自分のほうが意識しているのを悟られそうで怖い。

 拒絶しなければならないのに、胸の奥では「もう少しこのままでも」と囁く声がある。


 ――俺がお前の腕に飛び込んだのが、そんなに嬉しかったのか?

 そのせいで、こんなに上機嫌なのか?


 本人に問いただす勇気もなく、曖昧なまま胸に留めるしかない。


「アルチュール、そろそろ手をどけてください」携行食をボリボリと齧っていたナタンが、むっとした声をあげた。「セレスさまの髪に触れるのは、私の特権なのですから」

「なんだ、それ!」

 アルチュールがナタンに視線を移し、食ってかかる。

「セレスさまは人気者なんです。友達を独り占めにしない。いいですね!? 全く。これだから同年代と接したことのない人は困るんです」


 なんか、前にも似たようなことを言っていたような気がする――いや、なかったか? まあいいや。

 そう、『友達』だ。これは友人関係。初めて同年代と接するアルチュールが、勘違いしないように。牽制(けんせい)するには丁度いい。


「いや、待て。ナタン、今お前、自分で『特権』って言ったよな? それ、独り占めと同じだろうが。言ってることがおかしいぞ」

「違います!」ナタンは胸を張って言い返す。「私は学院では休職中ですが、元々セレスさま専属の侍従。友人であり、召使でもあるのです。立場が違います」

「いやいや、召使いだからって毎日、髪に触るのはおかしいだろ!」

「それが、私の務めだったんです!」ナタンはむきになって言い返す。「セレスさまの髪の艶を守ることこそ、私の日課であり誇りであり――」

「誇りにするな!」


 俺は疲労のせいもあって、ワンコとヘンタイのやり取りを半分聞き流しながら、ため息をつく。


「ところで、リっシャールルルはどこに?」

 ナタンはすぐに話題を切り替え、わざとそっぽを向きながら言った。

「そういえば……」

「あ、あそこっ」

 アルチュールが目を細めて指差す方向、オアシスの木陰にリシャール殿下の姿が見えた。すぐそばに立つのは、ルクレール……、ルクレール・シャルル・ヴァロワ騎士。

「なにを話しているのでしょう……温和……な雰囲気ではなさそうですね」

ヴォワレゾ(音声収集)を使うのも、盗み聞きするようで気が引けるしな」

「多分……」俺は続けた。「無許可で参加したことを問いただしているんだろう。この騎士団所属ではないらしいし」


「無許可ですか!?」

「所属する騎士団じゃない?」


「完全にセレスさま狙いじゃないですか!?」

「完全にセレス狙いじゃないか!?」


 なにハモってんの、君たち……。


「俺狙いってなんだよ。どうせ俺の例の属性に興味があるだけだろ。そういえば、あの腰にぶら下げている剣……、丁度いい。この機会に返してもらわないとな」

 その瞬間、アルチュールがすぐ横で真顔になり、「俺の担当騎士と変わってもらおう」と言い出した。

「……いや、それは無理だろう。班分けは風・火・水・土の属性ごとに分けてあるから」

「セレスさま、あの眼帯騎士、水属性なんですか?」

 ナタンが興味深げに問う。

「それは聞いていない」

 でも、違ってても参加しそうだな……と、疲れ切った頭でぼんやり考える。

 アルチュールが俺の腕を軽く握り、「とにかく、気を付けろ」と低く囁いた。

 俺は周囲を見回す。


 こんなに人が多い中で、一体何が出来るというのか……、しかも彼は女狂いだ。


 ガーゴイル討伐後、ルクレールが剣を持ち帰ったことがどうにも気にかかり、実はあの日の翌日、俺は、オベール警備官に連絡があったかどうか、一人でモロー隊長を捜して確かめに行った――ボンシャンに義足の修理をされた直後のオベール本人に会う勇気は、流石になかった。

 幸い、モローは修練場で鍛錬している最中で、すぐに見つかった。

 そこで聞いたところによれば、ルクレールの伝書使(クーリエ)アッシュから連絡は届いており、オベールは勝手に剣を持ち出したことに激怒はしたものの、一応、騎士の剣を折ってしまった責任があるため、今回の件は暫く目をつむることになったらしい。


 ひとまず胸を撫で下ろしたのだけれど、ついでにモローは、聞いてもいないのに、ルクレールの数々の女性関係にまつわる伝説を話してくれたのだ。しかし、その中に同性相手の醜聞は一つも出てこなかった。


 そこまで思い返したところで、馬に揺られ続けた疲れがどっと押し寄せる。

 隣を見ると、アルチュールが心配そうな顔をして俺を見ていた。長々と反論する気力もなく、俺は長い息を吐く。

「……了解」

 結局、そう告げるしかなかった。


 風に乗って水面がさざめき、小鳥の声が微かに聞こえる。

 騎士団の喧騒も一瞬静まり、荒野の熱気の中で、ここだけがまるで別世界のように穏やかに感じられた。


お越し下さりありがとうございます!

(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾


少しずつ、強引に、わがままになっていくワンコ。

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