◆ 学院編 古代遺跡 -3-
そんな喧噪の中で、俺はまだ馬上に取り残されていた。
先に軽々と降りたルクレールが、こちらを振り仰ぎ、腕を広げて待っている。
「ほら、一人で着地できる足じゃないだろ? ちゃんと受け止めてやる。飛べ」
その声音は落ち着いている。まるでそうするのが当然のことのように。
――嫌だ。
こいつに受け止められるなんて、まっぴらだ。
屈辱以外の何ものでもない。飄々としやがってムカつく。
十代で童貞を卒業している男は敵だ。しかも、ヤリチン……。
そのとき――、
「セレス!」
駆ける声が風を切った。振り返ると、外套のフードを後ろに吹き飛ばしながら、漆黒の真っ直ぐな髪を靡かせ、アルチュールがこちらへ走ってくる。
流石だな。俺の足は、ヴァルカリオンの爆走で膝がガクガクブルブル震えている状態なのに、辺境で育ち、子供の頃から馬に乗り慣れている者らしい足取りだ。地に馴染み、迷いのない動き。やはり、経験の層が違う。
「セレス、こっちだ!」
アルチュールが馬のすぐ傍まで駆け寄ると、迷いなく両腕を差し伸べてきた。
次の瞬間、俺はもう考えるより先に、彼の胸に身を投げていた。
どん、と抱き留められる衝撃。
息が詰まるほど強く受け止め抱き締められ、その温もりが全身に流れ込む。
堪えていた緊張が一気にほどけ、膝から力が抜け崩れ落ちそうになるのをアルチュールの腕がしっかりと支えていた。
「……大丈夫か、セレス?」
耳元で囁く声は、乱れた呼吸の合間でもなお柔らかい。
「アルチュール、お前……、今の訓練で何ともないのかよ……?」
「まあな」
「なんか、腹立つ」
「剣ではセレスに負けっぱなしだが、乗馬では勝ったな」
「くそっ、次はちゃんと一人で降りてやる」
ははは、と楽しそうに笑うアルチュールの腕の中で支えられつつ、リシャールたちは大丈夫かと首を回して探してみると、殿下はすでに鞍から降りていたが、両膝に手を置き、背を震わせながらも必死に体を支えて立っていた。少しはぐらつく素振りを見せるものの、それでも一人で踏みとどまる姿に、思わず目を見張る。さすが、始祖の直系子孫――殿下だ。
一方、ナタンはそのへんに落ちている木を杖代わりにしながらこちらに向かって歩いてくる最中だった。ヨロヨロの足取りで、眉間に皺を寄せた真剣な顔つき――、
すげぇな、あのヘンタ……、あの執念は。
周囲を見渡せば、アルチュールのように元気なのはほんの僅か、よく顔を見ると、辺境の貴族ばかりだ。馬に乗り慣れているのだろう。
ほとんどの者は立ち上がるのに必死で、騎士に支えられながら歩いていたり、荒い息を吐きながら木陰に座り込んで小刻みに揺れている。中には、気分が悪くなり顔色を青くしてうずくまる者もいる――それほどまでに、この疾走は過酷だったのだ。
振り向くと、ルクレールと目が合った。
笑ってもいないし、怒ってもいない。片目を覆う黒い眼帯のせいもあり、なんとも読みにくい表情を浮かべていた。
俺が、手を借りなかったことが気に障ったか?
彼は手綱をしっかり握り、馬を制しながらも、視線は落ち着いていてこちらの内心を見透かすようだった。
騎士たちは続々とオアシスのほうへ馬を移動させ、休ませる準備をしている。
「お前たち、しばらくここで休憩だ。午後もまだ移動距離は長い」
低く、けれど確かなルクレールの声に、俺は深く息を吐いた。ようやく緊張の糸が少しだけ緩む。
彼はそれ以上何も言わず、軽く手綱を引いて馬を回すとオアシスのほうへと歩かせていった。その背中は、砂塵に滲む空気の中でも揺らぎなく、ただ静かに遠ざかっていく。
直後、デュボアの声が響き渡った。
「ここで少し休息を取る。昼食は、朝、各自配られたものを持っているな。それを食べるように」
視界の隅では、デュラン副警備官が、体調の優れない生徒たちを一カ所に集め介抱している。もっとも、この訓練では体を鍛えるという目的もあり、魔法の使用を極力制限しているため、過剰なトゥレイトは施されず、必要最低限の手当だけが行われていた。息が爽やかになる例の丸薬は貰えると思う。
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アルチュールのグラン・フレール、エドマンド・アショーカは現在、療養で休学中のため、レオが代役を務め、ネージュとシエルのベビーシッターをしています。
 




