◆ 学院編 古代遺跡 -2-
「よく寮監たちが、あなたを許可しましたね」
背後で手綱を握るルクレールに問いかけると、低く落ち着いた声が返ってきた。
「いや、許可もなにも取っていない。セレスの担当は、今いないんだから、俺に帰れとは言えないだろう?」
「はあー??」
道理で、デュラン副警備官が出発前に吐きそうな顔をしていたはずだ。
「ああ、くそっ……今、ケツでイチモツを踏み潰してやりたい!」
「……それは、なんていうご褒美プレイだ?」
「この変態! ヤリチンめ!」
「まあ、安心しろよ。本来のセレスの担当より、俺のほうがランクは上だ。この授業の間、お前の身は俺が守ってやる」
「あんたが、一番、危ない気がするんだよ!」
俺の心からの叫びに、彼は馬上で大きく笑い転げ、疾走する荒野の風が、その声を遠くまで運んだ。
そのとき、最後尾で騎士団の副団長が高らかにラッパを吹き鳴らした。
ルクレールの笑いがすっと止み、低く命じる声が耳に届く。
「疾走訓練、準備の合図だ」
「え?」
「セレス、鐙に体重をかけろ。尻を鞍から浮かせ、前屈みに――そうだ、膝は柔らかく。身体強化魔法は禁止。素の状態で耐えろ。舌は噛むなよ」低い声が耳に落ちる。「俺が後ろにいる。……信じろ」
囁きは風よりも近く、ぞくりとするほど確かに耳に届いた。
「――駆けるぞ!」
その瞬間、鋭いラッパの音が荒野に突き抜けた。
直後、騎士たち全員の喉から「はっ!」と短く鋭い気迫の一声が重なって迸り、空気が震える。
呼応するように、大地を蹴る騎獣ヴァルカリオンの蹄音が一斉に轟き、視界が揺さぶられるほどの爆走が始まった。神威を宿す獣の本領が解き放たれたかのように――。
風が容赦なく頬を打つ。息が苦しい。
地面が目にも止まらぬ速さで後ろへと吸い込まれ、全身が空へ放り投げられたかのような浮遊感に包まれる。
騎士たちは誰一人乱れず、荒野を駆ける鉄の奔流となっていた。
馬体と人とが完全に溶け合い、同じ呼吸を刻む。
「どうした、セレス。これが騎士団の走りだ。――手綱をしっかり持て!」
思わず息を呑む俺の耳元で、ルクレールの声が風に負けず低く響く。
背中越しに感じる熱と圧力が、俺の神経を鋭く張り詰めさせた。
「足を緩めるな。体を馬と一体にするんだ」
低く囁く声に従い、俺は鐙に体重を集中させる。胸の奥で、恐怖と興奮が混じり合う。
騎士たちも、前にいる生徒と同じ姿勢を取り、揺るがぬ背中で一斉に猛進に耐えていた。
荒野に響く怒涛の蹄音が、鼓動のように胸を振るわせる。砂塵が舞い上がり、光が流れ、風が耳を刺す――世界全体が駆け抜ける波に巻き込まれる感覚。
ルクレールの腕と背中の支えが、俺を文字通り縛る鎖となっていた。振り落とされるかもしれないという恐怖があったはずなのに、不思議と頭の中は冴え渡り落ち着いている。
こいつ――正体は未だ霧の中だが、確かにどこかに所属する騎士であることは間違いない。
背後から感じる圧倒的な威圧、そして彼の揺るがぬ力、無駄のない動作、そして疾走中も微塵も乱れぬ精神。
俺は知らず、胸の奥で一瞬、甘い安堵を覚えていた。
風の轟きの余韻がまだ体に残る中、騎士団は徐々に速度を落とし、砦と寮のほぼ中間に位置する小さなオアシスへと辿り着いた。
水辺を囲む低木と緑の小道、日差しを遮る木々の葉が、荒野の厳しさからの束の間の避難所となる。
息を荒げた生徒たちは、鞍から降りようとするが、足が震えてうまく身を捩じれず、ほとんどが騎士に腕を取られて助け降ろされていく。
周囲では、肩を貸されたり、水袋を差し出されたりと、あちこちで慌ただしい声が上がっている。
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ルクレールの見た目は、俳優のスキート・ウールリッチさんの若い頃をイメージして書いています。




