◆ 学院編 古代遺跡 -1-
アルチュールに視線を移すルクレール。その瞳に、なにかを見抜いたような光が一瞬走った。
「ほう……」
口元に浮かんだのは、戯れを超えた何かを察した男の笑みだった。
「放してくれないか?」
「……セレスに触れないのなら」
「了解」
ルクレールは肩をすくめ、あっさりとそう言った。アルチュールはしばし睨むように視線を注いでいたが、やがて静かに指をほどく。
自由になった手首を軽く振りながら、ルクレールが言葉を続ける。
「それで……本当に、ここであの属性を使って剣を元に戻すつもりかい?」声色は柔らかいが、その言葉の鋭さは隠せない。「どこに人目があるか分からない。廊下の先や木の影で、誰が見ているかもしれないんだぞ?」
俺は深く息を吐き、決然と答える。
「……では、部屋に戻ってから元に戻す。それから、オベール警備官に届ける。だから、返してください」
けれどルクレールは、わずかに唇の端を上げて首を横に振った。
「騎士が剣も持たずにいるのは、どうにも不自然だろう? オベール警備官には借りていることを後ほどちゃんと俺の伝書使を飛ばして伝えておく。必ずだ。約束する。だから、しばらく貸しておいてくれないか」
「しばらくって……いつまでですか」
俺が問い返すと、ルクレールはふっと笑みを深めた。
「すぐにまた会うことになる。先ずは、その時まで――だ」
༺ ༒ ༻
それから二週間後。
実際、ルクレールの言葉通り、俺たちは再び顔を合わせることになった。
その日は学院の課外授業の日――俺たち一年生は王都郊外の丘陵地帯にある古代の巨石遺跡『ファリア・レマルドの環』へ向かうことになっていた。
今回の遠征は三泊四日。
初日は寮を出発してロクノール森林の外縁にある『第一研究塔の砦』で一泊。二日目にファリア遺跡の野外で一泊し、三日目は再び砦に戻って一泊、そして四日目に寮へ帰還する、という流れだ。
この遺跡は、国を築いた始祖が描いたと伝えられる『古代魔法の陣』で知られている。しかし、その全容はほぼ失われ、石に刻まれた文様がところどころ、ぽつん、ぽつんと残るだけだ。また、腕っぷしの強い冒険者ならともかく、一般の観光客が近づくことはできない危険地域にある。
周辺は古くから伝えられる魔物の通り道でもあり、時折ドラゴンの住処も近隣で目撃されることから、今回訪れる一年生の誰も、この場所を実際に目にしたことはなく、始祖の直系子孫である王子たちですら、この学院に入学してから初めて足を踏み入れることになる。
余程の考古学好きならいざ知らず、一般の者が足を運ぶとなれば大勢の護衛を伴わなければならない。そこまでして訪れる者は稀だ。
だからこそ、学院では毎年この課外授業を基礎訓練も兼ねた恒例行事とし、必ず騎士団の護衛を付けるのが決まりとなっている。
一人の生徒に一人の騎士が割り当てられ、専属の駿馬ヴァルカリオンに鐙が四つぶら下がっているタンデムサドルを付け、二人でまたがって移動する。
これは安全のためであると同時に、長距離乗馬の練習でもあり、生徒たちは騎士に背を守られながら、馬上での姿勢や揺れへの慣れを体験することになるのだが――、
「……なんで俺の担当が、あなたなんですかーーー!?」
荒野を渡る風が、耳の横でごうごうと鳴っている。見渡す限り広がる乾いた大地を、何頭もの駿馬ヴァルカリオンが砂を蹴立てて駆け抜けていた。馬のたてがみが風になびき、陽光を反射して煌めく。俺はルクレール・シャルル・ヴァロワ騎士と共に手綱を握りながら前に座り、背後で体を支える彼に向かって声を張り上げた。
「その質問、何度目だ?」
低い声が、背中越しに落ちてくる。
「何度でも聞きたいほど、疑問に思っているんです!」
振り返ることはできない。けれど、彼が肩越しに浮かべているであろう薄い笑みは、想像するだけで癪に障った。
「だから、すぐにまた会うことになるって言っただろ?」
「で、この隊が、あなたの所属している騎士団なんですか?」
「いい質問だ」
「やっぱり違うんだな……」
「セレス、俺の正体を知りたいか?」
ルクレールは低く、ひそやかに俺の耳元で言った。
「セレスと呼ぶな。なれなれしいっつってんだろ! コルベールと呼べよっ」
「俺のこともルクレールと呼んでいいぞ」
「断る」
「じゃあ、特別にシャルルと呼ぶのを許可しよう」
「結構です」
「なあ、セレス。俺の正体を知りたいか?」
「ああー、もうっ。こっぽっちも興味がないです! 今、俺が知りたいのは、本来、俺の担当だったはずの騎士は、今、どこでなにをしているのかなーってことだけだ!」
「昨日、彼に酒を差し入れたんだ」
「盛ったな、この野郎!」
「ははははは」
朝、各々の伝書使をグラン・フレールに預けたあと、校庭で横一列になって順々に割り当てられる担当を待っていた。
その前に、蹄音とともにあわられたヴァルカリオンに乗った騎士たち――そこで、俺は馬上から見下ろしてくる眼帯を付けた男の顔を見て、度肝を抜かれた。
そして、俺の顔が強張ったのと同時に、周囲も一斉に反応した。
アルチュールは頭から湯気でも噴き出しそうな勢いで目を剥き、リシャール殿下は憤慨を隠そうともせず顔をしかめ、ナタンに至っては口を半開きにしたまま呆然と立ち尽くしていたくらいだ。
ちなみに、編成は属性ごとに区切られている。風・火・水・土――それぞれの騎士と生徒がひとまとまりになり、今回の課外授業では、アルチュール、リシャール、ナタンと、休息時間以外、ほぼ行動を共にすることはない。
尚、風の班にはカナード、火の班にはデュボア、土の班にはボンシャンがそれぞれ引率として付いている。水の班の引率は、普段授業を受け持っているジュール・フォンテーヌ翁が務めるべきところだが、あまりに高齢なため課外授業には毎年参加せず、今年、その代役に白羽の矢が立ったのが、デュラン副警備官だった。
……気の毒に。
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