◆ 学院編 ディルムッドの騎士 -12-
そのとき、外から大きな羽音が聞こえてきた。窓の外に影が見える。管理室のすぐそばの校庭に降り立ったヴァルドラの巨体が、地面を震わせた。大きな翼が音を立てて畳まれ、力強い吐息とともに辺りの空気を揺らす。
「さっさと、行け」
デュランの声に背中を押され、俺たちは素早く廊下へと歩み出た。
前方から血相を変えて駆けてくるボンシャンは、俺たちに目もくれず、ただ急ぐ足取り。彼が駆け抜けてきた廊下の突き当りは校庭に通じており、そこから見えたのは、役目を終え再び空へと飛び立つヴァルドラの巨大な翼と影だった。大地を震わせる羽音だけが、去っていく者の存在を告げている。
俺たちがボンシャンの背中を見送ったあと、静かな声が背後から落ちてきた――ルクレールだ。
「……さて。そろそろ俺は行くところがあるから、おいとまするとしよう」
管理室を出るとき、彼が扉を開けて支えてくれていたせいで、いつの間にか俺の背後に回り込んでいた。
「行くところ? どうせ娼館だろう。暇人め」
リシャールが皮肉めかして吐き捨てる。
ルクレールは、ははは、と笑った。
「それは否定しない。だがな……俺が本当に忙しい時の方が、国にとってはよほど問題だと思わないか?」
一瞬だけ真剣な光が彼の瞳に宿ったかと思うと、すぐにひょうひょうとした表情に戻る。
「……ここに来た目的は果たしたようだしな」
リシャールが淡々と口を挟む。
その刹那、俺は彼の腰にぶら下がる剣に気が付いた。
「……それは!」
「ああ……」彼はさも当然のように頷く。「さっき、俺の剣が真っ二つにされてしまったからな。代わりに、貰ってきた」
俺が反転魔法をかけて、本来ありえない切れ味を与えてしまった、あの二本のうちの一本だ。
「返してください。今すぐ、元に戻します」
だがルクレールは肩をすくめ、楽しげに口角を上げただけだった。
「いや……せっかく、こんなに切れる剣になったんだ。元の切れない剣に戻すのは、どうにももったいないじゃないか」
「そういう問題じゃないでしょう」
――君のような、学院始まって以来の伝説的問題児が、リシャール殿下の武芸の家庭教師を務めたからだ!
オベールの言葉が脳裏に浮かぶ。
殿下が勝手に倉庫から弓を強奪してガーゴイル討伐に参戦したことも、俺と剣の稽古をしていた時、「勝てる手はすべて使って然るべきだろう?」と涼しい顔で言ったことも――すべて、こいつの影響なのか? いや、影響というより、もはや“教育”の結果だろう、これ。
唯一、救いなのは、殿下がまだヤリチン化していないことだけだ。
「ここで元に戻すのかい、セレス?」
ルクレールはわざとらしく首をかしげる。その瞳には、楽しげな光が揺れていた。
「……呼び捨てかよ。なれなれしいな」
思わず呟く俺。ルクレールはそれに応えるように、にやりと笑った。
「噂に聞いていた『銀の君』とは、ずいぶん違うんだな」
彼は、まるで舞踏会で貴婦人の頬を撫でるかのように、指先をそっと俺の顔へ伸ばしてきた。その仕草には、悪戯心と、場を飄々と弄ぶ優雅さが混じっている。
次の瞬間――それが俺に届くより先に、アルチュールの手が割り込んだ。鋭く掴まれたルクレールの手首が、空中で止まっている。アルチュールの横顔は静かに研ぎ澄まされ、伏せた睫毛の奥で碧みががった黒瞳が鋭く光る。唇は引き結ばれているのに、不思議と色香が漂っていた。
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