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◆ 学院編 入寮発表(余談)

 ゾンブル閣下の号令が響き渡ると、それまでの緊張感が嘘のように一気にほどけ、生徒たちの間に活気が溢れ出した。皆、それぞれの封筒を大事そうに握りしめながら、歓声を上げたり談笑したりと、三々五々、にわかに賑やかになった食堂をあとにして行く。その人波に、俺たちも紛れ込んだ。


「セレスと同じ寮になるなんて、ホッとした。これからが楽しみだ」

 席を立つとすぐに俺の右隣に滑り込むようにしてやって来たアルチュールが、柔らかい笑みを浮かべながら声を弾ませた。まるで遠足に胸を躍らせる子供のようだ。気のせいではなく、その言葉の端々には、俺との距離が縮まることへの明らかな喜びが感じ取れる。


 ――余程、初めて出来た友達の存在が嬉しいのか……?


「しかも、お隣さんだな。今日から宜しくアルチュール」

 原作では、鋭利な視線の奥に決して揺るがぬ芯を秘めた騎士――それが、アルチュール・ド・シルエットという男だったはず。

 けれど今の彼は、無防備な笑みを浮かべながら、尻尾でも振りそうな勢いで上機嫌な大型犬のように俺の隣を歩いている。再び頭の上にぴょこんと立った犬の耳が、空想じゃなく本当に見えた気がして俺は思わず笑いそうになった。


「私もセレスの隣人だぞ」

「あー、はいはい。そうでしたね、リシャール」

 にこやかに微笑みながら、殿下も当然のように俺の左隣をキープした。まるで誰にも譲るつもりはないといった風情で。

 夕陽をそのまま閉じ込めたような金髪が眩しすぎて目を細める。王族の血筋というだけでは説明のつかない、何か特別な存在感を放っていた。


 尊い――。


 思わず、お手々の(しわ)(しわ)を合わせて「皴合わせ(幸せ)」と拝みたくなる。尚、お手々の(ふし)(ふし)を合わせると「節合わせ(不幸せ)」になってしまうからやめたほうが良い。よく、妹のアヤちゃんが、深夜にバイト先の嫌な先輩(やつ)を呪う儀式の最中にやっていたなぁ……、


 と、そんなことを思い出しながら、ちらりと二人の顔を見比べる。

 右隣のアルチュールは、まだ屈託のない笑顔を浮かべているが、その視線は時折、リシャール殿下のほうへ向かい、一瞬だけ警戒の色を帯びる。

 一方の殿下は、余裕の笑みを崩さない。


 もう、原作のはかなげで(たお)やかなリシャール・ドメーヌ・ル・ワンジェ王太子殿下は何処に行ったんだ!? 戻ってこいよ! こんなの、確実に俺が考える『攻めキャラ』だろうが!? 胸板、厚すぎ! 他人のこと、『雑〇』とか言い出しそうじゃねぇか?!


 推しカプ二人に挟まれるのは本望だが、一体、これはどういうことなんだ。


 ――いや、ここから先は考えたくない。


 セレスタンだって、立ち位置は向かって左! 『攻め』キャラのはず……。いや、『はず』ではない。攻めキャラなんだよ。原作本編の美少年リシャール殿下に一方的な恋心を抱く『攻め』の"()()()"だったんだよ。

 ……なんで、殿下の胸板があんなに厚いんだ??


「――そこのお二人、さっきからセレスさまとの距離が近すぎませんか?」

 唐突に低く、そしてぼやくような声が背後から聞こえた。俺の真後ろ――いつもの“定位置”からだ。


 振り返るまでもなく、そこに居たのはナタンだった。彼は俺の幼馴染であり、屋敷では専属の侍従。何も言わずとも常に一歩引いた場所で控え、だが決して俺から目を離さない。今も、眉間にうっすら皺を寄せながら、リシャール殿下とアルチュールを交互に睨んでいる。特にアルチュールを。


「必要以上に距離が近いかと思います。それと、リシャールのセレスさまに対する視線に不必要な圧を感じます」

「お前だけは私のことを『殿下』と呼べ、ナタン。これが王族というものの存在感だよ」

「リっシャール、リシャール、リシャ~~ル!!」


 ほんと、この二人、仲良いな……。


 よく見ると、殿下の口角がほんのりと持ち上がっていた。その目元も和らいで見える。さっきまでの威風堂々たる王子の仮面に、ほんの僅かに少年らしい素の表情が覗いた気がした。


 楽しんでるな、この人。ちょっと貴重な瞬間かもしれない。この微笑も脳の記憶メモリー最前列に保管しておこう。


 幼い頃から常に『王子』として扱われ、彼に近づく者の大半は、同年代でも利権や損得勘定で動く者ばかりだった。友人らしい友人は、セレスタンを含め、数少ない。

 王族という肩書きに縛られた彼が、ほんの一瞬でもこの学院で『ただの学生』になれるような時間を作れたらいいな――と心から思う。



 食堂を出ると、新入生たちのざわめきが更に熱を帯びて広がり、抑えきれない興奮が石畳の回廊に反響する。俺たち四人は自然と肩を並べ、その流れに乗って寮へと足を進めた。

 外廊下には午後の風がやわらかく吹き抜け、傾きかけた陽が淡い金色の光となって石畳を照らしていた。

 みんな一緒に歩くこの瞬間が、新しい日々の始まりを告げているようで、胸が少しだけ高鳴った。



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