◆ 学院編 ディルムッドの騎士 -10-
「では……元に戻せるか?」
オベールが問う。
俺は静かに首を縦に振った。
「出来ると思います」
オベールはわずかに口角を持ち上げる。
「やってみたまえ」
俺は息を整え、剣を水平に構えた。
「――アンルッセ」
呪文とともに、魔力を解放し一気に刃へ流し込んだ。
握る手に伝わる感覚が変化する。剣が、かつてのエクラ・ダシエ本来の状態へと戻っていくのがわかる。
少しして、俺は深く息を吐き刃先を静かに下げた。
「ご確認を……」
オベールは無言で受け取り、その重量を確かめるように柄を握る。
「……魔法陣が元に戻っているな」
オベールはそう言ってから室内を見渡した。
「ロイク・アランティゴス・モロー隊長」
「はい、なんでしょう、警備官?」
俺とアルチュールの背後に控えていたモローが、栗色の髪を乱暴にかき上げ、人懐っこい笑みを浮かべて前へ出る。まるでライブの舞台袖から飛び出してきたアイドルのようだ。グループの顔でもリーダーでもないが、場を回す軽妙さでバラエティ番組に引っ張りだされ、一番稼ぎそうなタイプ――そんな立ち位置が似合っている。
「こっちに来て、左右、どちらでもいい。手を出せ」
オベールが鋭く命じる。
「え? 手ッスか?」
モローは間の抜けた声を上げながらも、素直に右手を前方に向かって突き出した。
次の瞬間、オベールが立ち上がり、モローに近付いたかと思った途端、無造作に剣を頭上に掲げて一気に振り下ろす。
「ぎゃあーーっ!?」
モローの叫びが管理室に響いた。
だが、彼の腕には傷一つ付いていない。刃は確かにモローの前腕に触れたが、その瞬間に霧散し、人体を傷つけぬまま通り抜けると、再び形を取り戻したのだ。
「確かに、機能も元通りだ」
「なっ、なにも俺の腕で試さなくてもいいでしょう! 切れてちぎれたらどうするつもりだったんですか!?」
「もうすぐ、手や足を作るのが上手い奴が来るんだろう?」
「ボンシャン先生は、あなたの手と足しか、作ーりたがーりませーんんんー!」
「ああぁん?」
オベールの表情が凍りついた。冷気を孕んだ気配が一気に広がる。まるでブリザードのようだ。
「モロー、お前、死にたいのか?」
「いやいや、なんでこんなことで命を落とさなきゃならないんですか!?」
「その方が静かでいい」
「ひどっ!? もういい加減、ボンシャン先生といがみ合うの止めて下さいよー」
「いがみ合ってなどいない! 俺が奴を嫌いなんだ!」
思わず身を縮めながら、俺は複雑な気持ちになる。そして、悟った。
拗らせカップル系に関して、リアルにいじるべきではない。せいぜい壁になって、遠巻きに眺めておくのが正解。
そんなことを考えていた俺の肩をいつの間にか隣に来ていたルクレールが軽く叩き、低い声で囁いた。
「込み入っているようだから、そろそろ君たち、帰ってもいいんじゃないかな?」
「え……いいんですか、本当に?」
思わずリシャールに一度視線を投げてから俺が小声で聞き返すと、リシャールは頷きながら「いいか悪いかは別にして、この男がここに来た目的はすでに果たされた、ということだ」と言い、ルクレールは穏やかに目を細め言葉をつづけた。
「また用があれば警備官は呼びに来る。あの人はそういう人だから。俺の場合、ここの学院生のころ、オベール警備官が、早朝、寮のドアを蹴破って入って来たことがあったがな」
小さく笑うルクレール。
「そりゃ、妊娠疑惑の騒ぎがあれば、部屋に突撃もされますね」
横からナタンが、呆れたように肩をすくめて言った。
「いや、その時はまた別。それからまたあとの話だ。……誰だったか忘れたけれど、酒場で知り合った三十代前後だったかな……、上向きにそびえるようなどデカい胸をした冒険者の女剣士と深夜まで飲んで、そのあとに送ってもらって部屋まで一緒に入って流れで何回かやって、翌朝、起きたらまだ居たから、もう一戦、交えていた最中だった」
ルクレールは悪びれる様子もなく、さらりと言った。
ナタンはこめかみを押さえ、リシャールは短く咳払いをして目を逸らす。
レオが吹き出し、アルチュールが一瞬で真っ赤になり、俺は返す言葉を失った。
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