◆ 学院編 ディルムッドの騎士 -9-
「……すまない。まさか剣が真っ二つに切れるとは思いもよらなかった。刃を合わせる力加減を見誤ってしまった」
「気にするな、デュラン。誰もバジリスク・リザードの鱗を使った剣がこんなことになるとは思わない」オベールが淡い笑みを浮かべて付け加えた。「むしろ、一気に振り下ろし、意図せずヴァロワのイチモツをバッサリと削ぎ落してしまえばよかったんだ。偶発的事故として処理できた」
どうやらオベールは、まだ例の件を腹に据えかねているようだ。
そりゃそうか……。
その言葉を聞いた瞬間、アルチュールの頬がふっと赤く染まった。貴族の集いの晩餐会やサロンにも顔を出さず、女性と踊ったこともない彼にとって、軽い下ネタでも耳に突き刺さるように感じられたのかもしれない。
実際、ああした場では、恋の噂や情事めいた話題が酒とともに飛び交うのが常。舞踏の合間に「どの夫人が夜会の後に誰の馬車に乗ったか」とか囁かれていたり、扇子の影で「どちらの愛人が長持ちするか」と笑い合ったりしている。そんな軽口や艶笑に慣れているレオやリシャール、俺、ナタンにとっては、ただの冗談に過ぎなかったが、アルチュールにとっては、頬を焼く響きだったようだ。
こんな初心な男が、のちのち、マリンボール先生の書く原作本編やみんなの描く二次創作の中で、一晩中、はかなげな受け殿下にのしかかり、耳元で名を呼びながら前からうしろからと攻め続け、「やめて」と掠れた声で言われても聞く耳も持たず鳴かすようになるんだから――おっと、いけない、いけない。もう少しで口から特大の「ぐふぅ」が出るところだった。
飛んでいきそうになっていた意識を腐界の沼から必死になって呼び戻していると、
「さて……、セレスタン・ギレヌ・コルベール君」オベールが俺の名を呼んだ。「説明してもらおうか?」
俺は反射的にルクレール・シャルル・ヴァロワへと視線を送った。
彼は片眉をわずかに上げ、沈黙のまま俺を見返す。
「ここで、……説明しても、よろしいのですか?」
俺の『リュミエール――光属性』に関しては、口外禁止。学院内でも知っている者は数が知れている。
部外者が居ると暗に訴える俺に、オベールはわずかに顎を引いた。
「レオ・ド・ヴィルヌーヴ君、君は今回の当事者として、このままここに居ることを許可しよう。ヴァロワは、その魔眼で見えないものも視ている。あの選別の水晶ほど明確ではないにしろ……おそらく、既に何かを察知しているはずだ」
魔眼という言葉に、レオが思わず目を見開き、弾かれるようにして俺のほうへ視線を送る。俺は押し黙ったまま、小さく頷いて答えた。
ほんの一瞬、静かな間を置いて、ルクレールが俺を真正面から見据える。
「完璧に判別できるわけではないんだが……、セレスタン・ギレヌ・コルベール君。君の身体からは、他の者と異なる“光”が、微かに滲んでいるように見える。このエクラ・ダシエの剣を変化させたのは――まぎれもない、君だな」
俺は深く息をつき、口を開いた。
「……はい。反転魔法を使いました」
オベールの目がわずかに光り、デュランは眉をひそめて言葉を飲み込み、モローは俺のすぐ背後で「マジか……」と呟きながらも口を閉ざした。
「反転魔法……」ルクレールが言った。「まさか、そんな単純な魔法でエクラ・ダシエほどの剣を反転させることが可能なのか? その剣は、このオベール警備官の作品だ。剣の腕と魔道具を制作する腕だけは超一流。規律重視、四角四面の真面目人間、プライドお化けが完璧に作った剣だぞ?」
「ヴァロワ、きさま、世の淑女たちのためにも、いつか必ずイチモツを削ぎ落してやる」
――がりっぼりぼりっ。
デュランが丸薬を噛み砕く音を響かせている中、俺は短く頷き言葉を重ねた。
「リュミエールで力を補強し、安定させました」
ルクレールは黙り込み、レオの瞳が驚きに大きく揺れた。
お越し下さりありがとうございます!
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾
イチモツで始まり、イチモツで終わる。




