◆ 学院編 ディルムッドの騎士 -8-
そのとき、リシャール殿下の声が低く落ちる。
「……なるほどな。お前がわざわざこの部屋まで足を運んだ理由が分かった」
ルクレールのまぶたがわずかに持ち上げられた。
殿下が続ける。
「城を出たときは本当に私の見物のためだったのかもしれないが、アッシュからの報告を受け、剣と、剣を持って戦った二人に興味が沸いたからだろう?」
そう問われたルクレールは、「殿下は鋭いですね」と言って、俺に視線を向けてきた。
アルチュールではない。剣に何かを施したのが俺だと、彼にはもう見抜かれている……?
オベールは、掌を机から離すと、重たげに背凭れへ身を預ける。
小さな溜息とともに、その視線が俺とアルチュールへと向けられた。
「……で、コルベール君とシルエット君。君たちは、俺の作ったエクラ・ダシエの剣に、いったい何をした?」低く押さえた声が、ゆっくりと響く。「ここへ持って来い」
その言葉に従い、俺とアルチュールは剣を携えて前に出た。
受け取ったあと、彼は一振りを手にして鞘から抜く。それから、眉一つ動かさず、ただ刃を光の下に傾けた。
灰青の瞳が、金属の流れと陣の合わせ目を寸分も逃さず追う。すべてを見透かすように冷ややかで――だが、同時に探る色を帯びていた。
そのとき、うしろの扉の方から軽いノックの音が響いた。
オベールが視線を向ける。
「入れ」
静かな許可を受け、扉が開いた。
「失礼いたします」
低く落ち着いているが、しかしどこか謎めいた響きの声。ようやくカナードとデュボアに解放されたのか、レオが姿を現し、真っ直ぐに歩いてくる。
彼は俺とアルチュールの横まで来て立ち止まり、お手本のような一礼をした。
その一挙一動をオベールが眺め、それから短く息を吐き冷ややかな声音で言葉を落とす。
「弓の件はもう終わった。同じ事をもう一度言うのは面倒だ。俺が何を注意したのか、あとで殿下とトレモイユ君に聞け――さて」
レオは無言でうなずき、オベールは再び視線を手に持った剣へと戻した。
「エクラ・ダシエですよね、それ?」
ルクレールがオベールとの距離を詰めて低く問うた。
「ああ。模擬戦で使ったあの剣だ。しかし……俺の描いた魔法陣が真逆になっているな」低く言い切ると、彼は隣に立つルクレールへ目を向けた。「ヴァロワ、剣を抜け」
名を呼ばれたルクレールは何の疑問も口にせず、すぐに腰の剣を静かに引き抜いた。
オベールは続けて窓際の副官を呼ぶ。
「デュラン。この反転した“エクラ・ダシエ”を持て。それから、互いの刃を合わせて、デュラン、少しだけ力を込めろ」
二人は言われた通りに構える。そして次の瞬間、鋭い金属音が室内を裂いた。
ルクレールの剣が、折れるのではなく――真っ二つに切れた。
「なっ……!」
デュランは目を見開き、思わず体勢を崩す。
手に残った剣身の勢いが制御を失い、斜めに振り下ろされる。その軌道が、ルクレールの肩をかすめた。彼は反射的に身を引き、胸甲の一部が紙のように薄く削ぎ取られ、破片が床に落ち音を立てる。
ざわりと、室内が張り詰めた。
「……俺のこの剣も……、胸甲も、『バジリスク・リザード』の鱗を錬金で溶かし、鋼と融合させたもの……。王国の全騎士団隊員の標準装備に使われる――それが、この有様とは……」
ルクレールは、肩に視線を落とし低く吐息を洩らした。
彼が身に着けているのは『竜鱗の甲冑』と呼ばれるもの。王国の騎士を象徴する堅牢さを誇り、容易に傷つくことはない。
その威容は、騎士を目指す若者たちの憧れでもあり、鍛錬を積み、功を立てた者のみが授かれる証――。
お越し下さりありがとうございます!
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾